書評
『AV女優』(ビレッジセンター出版局)
『AV女優』にはまる
『AV女優』(永沢光雄著、ビレッジセンター)を読んだ。アダルトヴィデオに出演している女優たちばかり四十二人のインタビュー集だ。五百七十三頁もある。けれど、読んであんまり面白いので、のけぞってしまった。解説を書いている大月隆寛が「ああ、もしも俺がバイリン並みに英語ができたなら、きっちり横文字に直して、スタッズ・ターケルに読ませてやりてえ」と呻いているが、ぼくもまったく同感だ。スタッズ・ターケルはインタビューを作品にまで高めた。彼と彼の協力者たちは、「一般人」を対象に、どこかにあると信じる真実を、厳しく追求した。アンディ・ウォーホルが雑誌「インタビュー」でやったように、有名人の生活スタイルを洒落た言葉の中に引き出してみせる方法も、刺激的だ。
しかし、ここで永沢光雄がやった方法はどちらでもない。インタビュアーのじんわりと温かい人柄が、ある意味では極限で仕事をしている女優たちから素直な声を引き出す。だが、それなら、ターケルだって、ウォーホルだって、やってできないことはない。永沢光雄が素晴らしいのは、その恥じらいに満ちた反応なのである。
永沢光雄は、知り合いのカメラマンが連れて来た女子大生の話を聞く。
『でもぉ、本当は就職なんかしないでぇ、結婚しちゃいたいよねぇ』
『そうよねぇ、顔はちょっとダサくても、金持ちだったらもうラッキーみたいな』
週刊誌に書かれているような女子大生って、本当にいるのである。私はそのことに驚きながら、先日会った、小沢なつみの言葉を思い出していた。
『将来ですか? どんなに貧乏でもいいから、結婚して愛のある生活を送りたいですね。でも、三度も中絶してますから……結婚は、無理かもしれませんね……』
だんだん女子大生たちの声が遠くに聞こえるようになってきた。
『お店に来てくれるお客さんって、みんな、わたしの恋人だと思ってます。奥さんに言えないことややれないことを、わたしに求めて来てくれるんですからね。嬉しいですよ』
もう女子大生の声は聞こえない。
今夜こそは家人が寝静まった後、恋人・小沢なつみにたっぷり慰めてもらおう。
そんな風に、永沢光雄は、ソープで働きながらアダルトヴィデオに出た小沢なつみに小さい声でエールを送る。
インタビュアーは、ワイドショーのリポーターのように下品であってはいけない、同情しすぎたり、感情を移入しすぎてもいけない、好奇の目で相手を見てもいけないし、情報を聞き出すだけでもいけない、掲載されるのがアダルトヴィデオの雑誌だからといって(いや、それだからこそ)セックスの話ばかりしちゃいけないし、でしゃばってはいけないが、黒衣(くろご)に徹しすぎてもいけない。要するに、難しい。その難しい仕事を、彼はやりとげたのだ。
後日、私は……安藤有里の原稿を読む機会に恵まれた。縦書きの原稿用紙にきちっと書かれたその文字は、彼女の繊細な性格をうかがわせた。……。《最後に、私はタオルにかすかに残った柔軟剤と、靴屋さんの匂いも好きです》これはその、いろいろと匂いについて語った、文章の締めである。行替えをし、なにやらつけ足すようなこの一行でエッセイは終わる。私はこの一行が好きだ。上手く言えないが、この一行が安藤有里からT氏への送別の辞のように思える。
実は、わたしも安藤有里のファンでありました、文章も、ヴィデオも。
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