書評
『声をなくして』(晶文社)
<弱さ>晒す人間同士のいたわりの作法
泣かせるルポを書きついできた永沢光雄。その彼が、下咽頭ガンの手術を受け、声を奪われた。起きるなり首に激しい痛みが襲い、ときに呼吸困難にもなる。手の指を一本動かすのさえぎりぎり痛むことがある。耳鼻科、精神科、腎臓内科、皮膚科と、ぐるぐる回る毎日……。辛いに決まっている。が、文は躍る。ずっこけたり、突き落とされたり、押し黙ったり、号泣したり。
患者としてはサイテーと判断される。朝から焼酎をあおり、大量の薬も焼酎の水割りで流し込む。が、生きるってまあそういうものかと、妙に納得させられる。
もともと、図々しく話を聴くことのできないインタビュアーだった。なのに、こころの琴線にふれると、すぐに逆上してしまう。約束もなかなか守れず、守れなかったことで傷口がいよいよ広がって、がくんと落ち込む。ダメさ、いじけやすさ、甘えた……、そんな<弱さ>を晒して生きてきたひと。
意地っぱりな言葉や怒号、ときに無防備すぎる吐露のあいだで、わたしは看病する奥さんの表情やふるまいを必死に想像していた。酒については一言もいわず、毎日、スポーツ新聞とパック入りの焼酎を買って帰る。おならをするつもりが「大変な惨状」を招いてしまっても、くっくっと笑う。診察室のドアを開けるときは、不可解なほどに明るく、「妻の挨拶で一瞬、そこは病院でなくなる。バーのドアを押したのか、と錯覚さえしてしまう」。マンションから飛び降りかけたときは、前に立ちはだかり、みずからの気持ちには一切ふれず、12時間かけて助けてくれた医師のことのみを訴える。「妻の説得、立派であると思った」
あえて口にしないこと、あるいは想いとは違うほうに言葉をひん曲げたり、心にもない言葉で突っぱねたり、憎まれ口を叩いたりすること。これ、弱虫のくせについ意地は張る、そんなどこにでもいそうな難儀な人間どうしの、逆さになったいたわりの作法でもある。
「めいわくかけて、ありがとう」。たこ八郎の墓碑に刻まれたその言葉を、ふと、思い出した。
朝日新聞 2005年7月31日
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