書評
『醤油と薔薇の日々』(いそっぷ社)
女性を暗くする「成長」の強要
著者は前著『結婚の条件』(2003年)で「少子化とは『結婚の条件』の問題」だと看破した。結婚の条件は女性の学歴に応じて階層化し、「それぞれのカテゴリーの女性が求める結婚は異なる。が、その条件に叶(かな)う男性は一様に見つからない」。その結果、「あらゆるつまらない労働から、若い女性が総撤退を始めている」と、日本の抱える問題を一刀両断した。本書も期待を裏切らない。問題が深刻化するに応じて著者の主張は益々(ますます)冴(さ)えわたる。扱うテーマは1992年放映の安田成美が「薔薇って書ける?」と問う醤油CMから始まるので、本書は「失われた20年」論でもある。檀れいの第三のビールCMで、「『仕事』か『結婚』か」の二者択一は「『仕事』か『仕事と仕事』か」になり、女性たちは暗澹(あんたん)たる思いを抱くと著者はいう。
若い女性がなぜ、道を歩きながら煙草(たばこ)を吸うのか。喫煙とはストレスを和らげるための「安価な『依存』対象」なのであって、現在の若い女性は将来の健康よりも現在のストレス解消のほうが喫緊の課題だと著者は指摘する。車内の化粧も同じで、「なんで、今さら素顔を隠さなければならない」と思い、何の希望も見えず「頽廃(たいはい)」が進行する。
こうした分析から読み取れるのは、日本の近代システムがきしみをたてて崩れ始めているということだと思う。
近代化の過程で国家から望ましき母親像を強制された母親をみて育った娘たちが結婚しない、母にならないというかたちで「静かに反乱を始めている」(前著)からである。
思えば、この20年、政府はやっきになって「成長」を強要し、今も女性にもっと活躍の場を、と叫び続けている。女性たちが反乱する本当の理由を理解しないと、事態は悪化するばかりだ。「事実は真実の敵」(『ドン・キホーテ』)。成長のための会議を繰り返し、事実を複雑化すると真実を見誤ることになる。
朝日新聞 2013年9月8日
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