書評
『将軍の子』(文藝春秋)
父に認められない子の堂々たる成長を描く
水戸の徳川光圀、岡山の池田光政、それに会津の保科正之を「江戸初期の三名君」と呼ぶ。光圀は『大日本史』の編纂(へんさん)を始めて日本の歴史を明らかにしようとした人、またいち早く勤皇を説いた人とされる。光政は領地経営に功があった。正之は領地経営に優れてもいたが、幕府政治をリードし、それまでの苛烈な武断政治から、人の融和を重視する文治政治への転換を図ったところに真骨頂がある。また1657年の明暦の大火は江戸の町の大半を焼き尽くしたが、新しい江戸の再建を指揮したのが正之であったとされる。ぼくは「名君となる人は、若い頃にいろいろな苦労をしている。だから人の痛みが分かる」と考える。先の光圀は、兄を差し置いて藩主になることに悩み抜いた。光政は一族の問題で、祖父以来の姫路藩主の座を追われた。極めつきは正之で、将軍・秀忠の子でありながら堂々と生まれ出ることを許されず、父とは面会することもなかった。
本書は『会津執権の栄誉』で注目を集めた、福島市在住の作家の手になる傑作である。先の著書は初の単行本にもかかわらず直木賞候補となったが、選者からは「会津しか見ていない。視野が狭い」「登場人物を知らない」などの意見が付された。ぼくは読書とは得がたい勉強の時間でもあると捉え、「知らぬものを知る」ことに大きな意義を見いだすので、選者たちの評は根本的に的外れだと思う。だが、作者はこの点を考慮してか、「会津の正之」には直接言及をしない。父から存在を認められなかった一人の子が堂々たる人物に成長していく様子を、種々の人物や土地や事件との関わりの中で、端正な筆致で描き出している。大仰な身ぶりとかお涙頂戴とか妙なサービスなどは一切ない。風格ある一作といえる。
ALL REVIEWSをフォローする