書評
『老人のための残酷童話』(講談社)
昨年に出た『あたりまえのこと』は、倉橋由美子の厳しい小説観と文壇観を示してスリリングな一冊だ(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2003年)。苦悩やナルシシズムの吐露、安直な感動の押しつけ、名のみ高き過去の名作、男性作家による紛いものの女性観、批評や書評が市場に対して影響力を失った現状を、バッサバッサと斬って痛快至極。群れず、独り黙々作品だけと向かい合ってきた、潔癖で怜悧(れいり)な作家の覚悟と悪意が込められた出色の小説論なのだ。
では、そんな倉橋さんが「よし」とする小説とはどんなものなのか。答えの一端を知ることができるのが、この短編集なのである。『あたりまえのこと』にも通じる皮肉な小説観と読書観を、気が遠くなるほど長い螺旋(らせん)状の廊下からなる図書館に通いつめる老人に語らせた「ある老人の図書館」を皮切りに、死後の世界をも商売にしてしまう人間のあさましさと、老妻が連れ合いに三くだり半を突きつける定年離婚を扱った「地獄めぐり」まで、一〇作品を収録。
姥捨(うばすて)山や年を取らない妖女伝説、天の川、閻魔(えんま)大王といった昔からある物語を下敷きにした作品から、子供を欲しがる独身女性や臓器売買、老人の性愛など現代の社会問題に題材をとった作品、いかに生き、いかに死ぬかという人間にとっての普遍的課題を扱った作品まで、さまざまな味わいの小説を巧みな語りで堪能させてくれる一冊なのだ。
が、そのよくできたお話の奥底に不穏な気配が漂う。一編一編、面白く読めてしまうにもかかわらず、読後居心地の悪い気分にさせられるのだ。観念の毒をもって現実を超克する作品を書き続けてきた倉橋さんが「よし」とする小説。それは簡単にわかった気にはさせない作品なのだと思う。読み返すうちに、作品が発する毒気にあてられ、やがて免疫がついた時、読者もまた昨今巷(ちまた)に席巻している幼稚な癒やし本のインチキさを見抜けるだけの慧眼(けいがん)を身につけている。倉橋作品にはそんな効用がある。毒は薬にもなり得るのだ。
【この書評が収録されている書籍】
では、そんな倉橋さんが「よし」とする小説とはどんなものなのか。答えの一端を知ることができるのが、この短編集なのである。『あたりまえのこと』にも通じる皮肉な小説観と読書観を、気が遠くなるほど長い螺旋(らせん)状の廊下からなる図書館に通いつめる老人に語らせた「ある老人の図書館」を皮切りに、死後の世界をも商売にしてしまう人間のあさましさと、老妻が連れ合いに三くだり半を突きつける定年離婚を扱った「地獄めぐり」まで、一〇作品を収録。
姥捨(うばすて)山や年を取らない妖女伝説、天の川、閻魔(えんま)大王といった昔からある物語を下敷きにした作品から、子供を欲しがる独身女性や臓器売買、老人の性愛など現代の社会問題に題材をとった作品、いかに生き、いかに死ぬかという人間にとっての普遍的課題を扱った作品まで、さまざまな味わいの小説を巧みな語りで堪能させてくれる一冊なのだ。
が、そのよくできたお話の奥底に不穏な気配が漂う。一編一編、面白く読めてしまうにもかかわらず、読後居心地の悪い気分にさせられるのだ。観念の毒をもって現実を超克する作品を書き続けてきた倉橋さんが「よし」とする小説。それは簡単にわかった気にはさせない作品なのだと思う。読み返すうちに、作品が発する毒気にあてられ、やがて免疫がついた時、読者もまた昨今巷(ちまた)に席巻している幼稚な癒やし本のインチキさを見抜けるだけの慧眼(けいがん)を身につけている。倉橋作品にはそんな効用がある。毒は薬にもなり得るのだ。
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