書評
『ユリシーズの涙』(みすず書房)
犬を扱った傑作小説は数多い。その中から一冊だけ選べだなんて、ケモノバカ一代を自認するわたしには、胸が痛んで土台無理。せめて十ページくれんかなあ。そしたら五十冊紹介するんだけど。ダメ? じゃあ、奥の手を。『フラゴナールの婚約者』(みすず書房)をはじめとする傑作小説や、チェーホフの思索的評伝で知られるフランスの作家ロジェ・グルニエの随筆集『ユリシーズの涙』なら、一石二鳥ならぬ一石五十犬なのだ。
愛犬を失ったグルニエが、その思い出に導かれるようにして、犬をテーマにしたさまざまな文学作品をひもとく。これは犬についての名エッセイ集であると同時に、愛犬家にはうれしいブックガイドにもなっている本なのだ。ギリシャ神話の英雄ユリシーズの忠犬アルゴスのエピソードを皮切りに、リルケの『マルテの手記』、ヴァージニア・ウルフの『フラッシュ』、カフカやセルバンテスの諸短編、ダニエル・ペナックの愉快なミステリー『人喰い鬼のお愉しみ』、D・H・ロレンスの『レックス』、ショーペンハウアーの警句、ジッドの日記、ジャック・ロンドンの『白い牙』、馬琴の『南総里見八犬伝』など、さまざまな小説に登場する犬たちを、かすかなユーモアをたたえた端正な文章で紹介。かつ、自分が愛犬と過ごした日々の中、繊細な観察眼で見いだした、犬が人と共にあるときに覚える歓びや哀しみ、誇り、不安、絶望を、それら優れた古今東西の名作に重ねながら語っているのだ。
とはいえ、あの小説が取り上げられていないのは大いに不満。あの小説とは、ダニロ・キシュの短編集『若き日の哀しみ』(東京創元社)に収められた「少年と犬」だ。それはもうせつないせつない物語なんである。「僕は感じるのだ、この別れのあと僕は生きていられないだろう、と。アウウウ、アウウウ」……号泣っ。読めばわかる!
【この書評が収録されている書籍】
愛犬を失ったグルニエが、その思い出に導かれるようにして、犬をテーマにしたさまざまな文学作品をひもとく。これは犬についての名エッセイ集であると同時に、愛犬家にはうれしいブックガイドにもなっている本なのだ。ギリシャ神話の英雄ユリシーズの忠犬アルゴスのエピソードを皮切りに、リルケの『マルテの手記』、ヴァージニア・ウルフの『フラッシュ』、カフカやセルバンテスの諸短編、ダニエル・ペナックの愉快なミステリー『人喰い鬼のお愉しみ』、D・H・ロレンスの『レックス』、ショーペンハウアーの警句、ジッドの日記、ジャック・ロンドンの『白い牙』、馬琴の『南総里見八犬伝』など、さまざまな小説に登場する犬たちを、かすかなユーモアをたたえた端正な文章で紹介。かつ、自分が愛犬と過ごした日々の中、繊細な観察眼で見いだした、犬が人と共にあるときに覚える歓びや哀しみ、誇り、不安、絶望を、それら優れた古今東西の名作に重ねながら語っているのだ。
とはいえ、あの小説が取り上げられていないのは大いに不満。あの小説とは、ダニロ・キシュの短編集『若き日の哀しみ』(東京創元社)に収められた「少年と犬」だ。それはもうせつないせつない物語なんである。「僕は感じるのだ、この別れのあと僕は生きていられないだろう、と。アウウウ、アウウウ」……号泣っ。読めばわかる!
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