書評
『僕の双子の妹たち』(集英社)
〈僕の双子の妹たち。/これまで僕は何度、このフレーズを心の中でつぶやいてきただろう。自分でも赤面してしまうほどのいとおしさと慈しみ、あきれるほどの独占欲と兄バカをこめて。〉という文章で始まるこの小説は、事故で両親を亡くしたばかりの〈僕〉とその双子の妹、実のりと穂のか、そして離れに暮らしているじいちゃんとの四人の物語だ。
高校卒業後、進学せず郵便配達をしている〈僕〉。妻子ある教授との恋愛に苦しんでいる大学生の実のり。コンビニでアルバイトをしながら劇団の美術の手伝いをしている穂のか。急に逝(い)ってしまった両親の不在をうまく受け止めることのできない三人が、じいちゃんが作ってくれる夕食を共にとる時間を大切にしながら、少しずつ傷ついた心を回復していくまでの、ゆっくりとした時間を描いた温かいファミリー・ロマンスなのだ。
鶏団子鍋、うどの天ぷら、焼きたてのパン、チキンカレー、ナスの忘れ煮、晩夏に食べるすき焼きなどなど。じいちゃんの作る、読んでいて唾が湧いてくるほど美味しそうな食事を囲みながら交わされる〈僕〉と双子の妹たちの会話では、生まれた時から一緒にいる相手だからこそ生じる気安さと郷愁、男と女に成長してしまった現在から漏れ出すなまなましさ、互いを思いやるあまりついてしまう些細な嘘が交錯する。〈僕〉の高校時代の恋人で、今はよき相談相手になってくれている茜(あかね)、幼なじみの浩平、亡き父の不倫相手で精神の安定を欠いてしまっている葉子さんといった他者の想いや言葉がそこに絡みあうことで、彼らの心に小さな竜巻を巻き起こす。
それらは小さいけれど切実な気持ちをはらんだ竜巻だ。期待に沿うことができないもどかしさや、愛することに伴う痛み、大切な人を永遠に失うことへの怯(おび)え、大人になっていくことの不安、それでも前に進もうと小さな一歩を踏み出す勇気。この本の中に収められた二四の短い物語が読者に伝える感情の、なんと豊かなことか。両親の死後、〈僕〉と双子の妹たちに起きることは決してドラマチックではない。けれど、日常のドラマというものはそもそもささやかで、ささやかだからこそ一人一人にとってかけがえのない思い出になっていくのではないか。そのかけがえのなさを思い出させてくれる心優しい小説なのである。
【この書評が収録されている書籍】
高校卒業後、進学せず郵便配達をしている〈僕〉。妻子ある教授との恋愛に苦しんでいる大学生の実のり。コンビニでアルバイトをしながら劇団の美術の手伝いをしている穂のか。急に逝(い)ってしまった両親の不在をうまく受け止めることのできない三人が、じいちゃんが作ってくれる夕食を共にとる時間を大切にしながら、少しずつ傷ついた心を回復していくまでの、ゆっくりとした時間を描いた温かいファミリー・ロマンスなのだ。
鶏団子鍋、うどの天ぷら、焼きたてのパン、チキンカレー、ナスの忘れ煮、晩夏に食べるすき焼きなどなど。じいちゃんの作る、読んでいて唾が湧いてくるほど美味しそうな食事を囲みながら交わされる〈僕〉と双子の妹たちの会話では、生まれた時から一緒にいる相手だからこそ生じる気安さと郷愁、男と女に成長してしまった現在から漏れ出すなまなましさ、互いを思いやるあまりついてしまう些細な嘘が交錯する。〈僕〉の高校時代の恋人で、今はよき相談相手になってくれている茜(あかね)、幼なじみの浩平、亡き父の不倫相手で精神の安定を欠いてしまっている葉子さんといった他者の想いや言葉がそこに絡みあうことで、彼らの心に小さな竜巻を巻き起こす。
それらは小さいけれど切実な気持ちをはらんだ竜巻だ。期待に沿うことができないもどかしさや、愛することに伴う痛み、大切な人を永遠に失うことへの怯(おび)え、大人になっていくことの不安、それでも前に進もうと小さな一歩を踏み出す勇気。この本の中に収められた二四の短い物語が読者に伝える感情の、なんと豊かなことか。両親の死後、〈僕〉と双子の妹たちに起きることは決してドラマチックではない。けれど、日常のドラマというものはそもそもささやかで、ささやかだからこそ一人一人にとってかけがえのない思い出になっていくのではないか。そのかけがえのなさを思い出させてくれる心優しい小説なのである。
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