書評
『デンデラ』(新潮社)
老婆たち獅子奮迅、闘いの果ては
冒頭に登場人物の一覧表がある。総勢50人。年齢が記されていて、70から100まで。これを見ただけで、――すごいぞ――
尋常ではない内容を想像してしまう。
その通り、尋常ではない。深沢七郎の名作『楢山節考』の後日談と言えばわかりやすいだろうか。「お山」に捨てられた老婆たちが生き延びて村人の知らない山野に集落を作って生活しているのだ。その集落の名が「デンデラ」。これは『遠野物語』の中にあって、近々死ぬ人が歌などを歌って通り過ぎて行く野原で、幽明の境となる土地の謂(いい)らしい。
本書は、このように過去の伝承や文芸を引き継いでいるが、中身は相当にちがう。老婆たちは自分たちを捨てた村に対してさまざまな思惑を抱え、復讐を企てる襲撃派と、それを拒否する穏健派に分かれて争いあい、そこへ羆(くま)が襲ってくるやら疫病らしきものが蔓延するやら波瀾万丈、死体はゴロゴロ、人数も19人へ、6人へと減っていく。羆の心情にまで入念な描写が費やされている。
もちろん老婆たちの行動や心理が人数ぶんだけ多彩に描かれているのだが、おい、おい、おい、
――お婆さんたちに、こんな活力があるのかね――
老体ながら獅子奮迅の活躍、会話は内容も言葉遣いも、
――全共闘世代かなあ――
楽しさは活劇を読む気分に近い。設定からしてリアリティーを求める文学ではない。
ストーリーは50人目の住人としてデンデラに連れて来られた斎藤カユ(70)を中軸に、新しい目でデンデラを見ることを含みながら進んでいくが、憎い羆を憎い村へ送り込み、村も羆も滅ぼそうとする(そうとも読める)ヒロインが柔らかな福寿草を踏んで、その美しさに春を感ずる、という結末は、どう解釈したらよいのだろうか。このテーマであれば、寓話であったとしても、人間の死について、なにか熱いものを感じさせてほしい、と思った。『楢山節考』と比べてはいけないのだろう。
朝日新聞 2009年09月13日
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