書評
『詩人と女たち』(河出書房新社)
飲んだくれで、競馬好きで、そして何よりも助平な、それこそワンカップと東スポを抱えて馬券売り場をうろついていそうな、冴えない性格破綻者の五十男が、何かの奇跡で類い稀な言語感覚を与えられ、自堕落な生活、とりわけ、セックス・ライフをいささかの取りつくろいもなく、あけすけに語ったとしたら、それは読むに耐えない愚作となるのか、それとも他に類を見ない傑作になるのか。
本邦初紹介の詩人・小説家のチャールズ・ブコウスキーの長編『詩人と女たち』は、ヘンリー・ミラーの作品を彷彿とさせずにはおかない快作である。
とにかく書かれているのは、浴びるほど酒を飲んでいるということ、詩の朗読会で引っかけた数え切れない女性ファンとセックスしまくったということ、ただそれだけである。おまけにセックス描写には、一切の情緒性を排除した剝き出しの卑語が使われている。
ところが不思議なことに読後感は、これほどの猥雑さにもかかわらず信じられないほど爽やかなものなのである。それはおそらく吉本隆明がヘンリー・ミラーについて言ったように、ブコウスキーが「わけのわからぬ漠然とした野心や飢餓感に形を与える欲求をまったく放棄した」ことからきているのだろう。主人公はイイ女だと思ったからセックスしたいと思っただけで、それ以下でも以上でもない。セックスに過剰な意味を込めたり、逆に軽蔑したりもしていない。とにかくまったく自然体の助平なのである。だからこそ、ファンの女の子が次々と訪ねてきて応対の暇がないということになるのだろう。
ところでこの小説を読んで、もしかして感動してしまったあなた、まちがっても、小説の中の女性ファンのように著者に手紙を書いたり、電話をかけたりしてはだめですよ。そんなこと、このおじさんが許しません。
【この書評が収録されている書籍】
本邦初紹介の詩人・小説家のチャールズ・ブコウスキーの長編『詩人と女たち』は、ヘンリー・ミラーの作品を彷彿とさせずにはおかない快作である。
とにかく書かれているのは、浴びるほど酒を飲んでいるということ、詩の朗読会で引っかけた数え切れない女性ファンとセックスしまくったということ、ただそれだけである。おまけにセックス描写には、一切の情緒性を排除した剝き出しの卑語が使われている。
ところが不思議なことに読後感は、これほどの猥雑さにもかかわらず信じられないほど爽やかなものなのである。それはおそらく吉本隆明がヘンリー・ミラーについて言ったように、ブコウスキーが「わけのわからぬ漠然とした野心や飢餓感に形を与える欲求をまったく放棄した」ことからきているのだろう。主人公はイイ女だと思ったからセックスしたいと思っただけで、それ以下でも以上でもない。セックスに過剰な意味を込めたり、逆に軽蔑したりもしていない。とにかくまったく自然体の助平なのである。だからこそ、ファンの女の子が次々と訪ねてきて応対の暇がないということになるのだろう。
ところでこの小説を読んで、もしかして感動してしまったあなた、まちがっても、小説の中の女性ファンのように著者に手紙を書いたり、電話をかけたりしてはだめですよ。そんなこと、このおじさんが許しません。
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