書評
『葉書でドナルド・エヴァンズに』(作品社)
お土産はいいから、ただその土地から絵葉書を送ってほしい――。わたしが海外旅行に出るたびに、そう頼む友人がいる。不思議なもので、普段は筆無精なくせに旅先ではまるで億劫に感じない。違う風景、違う言葉に囲まれる異国の地で、いつもは近い場所にいるのに今は遠い何処かにいる友人のことを想って書く葉書。ペンを走らせながら想像してみる。これから一週間後、友人のテーブルの上にあるこの絵葉書のことを。そのタイムラグこそが、わたしと彼女を一層親しく近づける。瞬時に届く便利な電子メールよりも。
詩人・平出隆も様々な場所から葉書を出し続ける。架空の国々の切手を描き、主題別・発行年別にシート分類するという奇妙な情熱にとり憑かれた画家、ドナルド・エヴァンズに。が、エヴァンズはもうこの世にはいない。一九四五年にアメリカのニュージャージー州に生まれた彼は、七七年、当時訪れていたアムステルダムで火事に遭い、三一歳の若さで亡くなっているのだ。その夭折の画家に対する深い共感と愛情を、葉書を書くという行為であらわしたのが、この一冊の美しい書物なのである。
エヴァンズが残した足跡をたどり、ゆかりの土地を訪れ、友人たちの話に耳を傾ける。切手蒐集に夢中だった幼年時代。切手を作る情熱を見いだした少年時代。切手蒐集も制作も止めてしまった思春期。建築士として働いていた青年時代。再び切手制作の情熱を取り戻した数年間と、その後に訪れた唐突な最期。そうしたドナルド・エヴァンズの世界の合間に、詩人自身を取り巻く世界の光景が挿入される。祖母の死とそれを悼む祖父の姿、癌に冒されて死んでいく親友の姿。一頁を一枚の葉書に見立てた、評伝とも、日記とも、紀行文とも、詩ともつかないこの散文集の中で、画家と詩人の世界がこうして静かに重なり合っていく。
切手の盗難に遭った親友に手製の切手を贈った少年時代のエヴァンズの友情を、詩人は賛嘆する。それは「現実における悲しい欠落を、まったく別の世界の、愛らしい出現に変えること」だと。エヴァンズも祖母も親友もいないこの世界を、詩人もまた葉書を書くことで「別の世界の、愛らしい出現」に変えようとしている。変えている。
【東京パブリッシングハウス版(2013)】
【この書評が収録されている書籍】
詩人・平出隆も様々な場所から葉書を出し続ける。架空の国々の切手を描き、主題別・発行年別にシート分類するという奇妙な情熱にとり憑かれた画家、ドナルド・エヴァンズに。が、エヴァンズはもうこの世にはいない。一九四五年にアメリカのニュージャージー州に生まれた彼は、七七年、当時訪れていたアムステルダムで火事に遭い、三一歳の若さで亡くなっているのだ。その夭折の画家に対する深い共感と愛情を、葉書を書くという行為であらわしたのが、この一冊の美しい書物なのである。
エヴァンズが残した足跡をたどり、ゆかりの土地を訪れ、友人たちの話に耳を傾ける。切手蒐集に夢中だった幼年時代。切手を作る情熱を見いだした少年時代。切手蒐集も制作も止めてしまった思春期。建築士として働いていた青年時代。再び切手制作の情熱を取り戻した数年間と、その後に訪れた唐突な最期。そうしたドナルド・エヴァンズの世界の合間に、詩人自身を取り巻く世界の光景が挿入される。祖母の死とそれを悼む祖父の姿、癌に冒されて死んでいく親友の姿。一頁を一枚の葉書に見立てた、評伝とも、日記とも、紀行文とも、詩ともつかないこの散文集の中で、画家と詩人の世界がこうして静かに重なり合っていく。
切手の盗難に遭った親友に手製の切手を贈った少年時代のエヴァンズの友情を、詩人は賛嘆する。それは「現実における悲しい欠落を、まったく別の世界の、愛らしい出現に変えること」だと。エヴァンズも祖母も親友もいないこの世界を、詩人もまた葉書を書くことで「別の世界の、愛らしい出現」に変えようとしている。変えている。
【東京パブリッシングハウス版(2013)】
【この書評が収録されている書籍】
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