書評
『子ども諸君』(白水社)
口の中がねばねばして息が臭い。頭が重くて目を開けるのにもひと苦労。身体はどんより重たくて、気分はもう最悪――。大人の肉体ってのは、実に不愉快なもんなんである。若いキミが、そんな身体を与えられて朝目覚めたりしたら、自分はとても重い病気にかかってるんだと思って泣いてしまうに違いない。でも、もしも本当にそんなことが起こったら? ダニエル・ペナックの『子ども諸君』は、一足飛びに大人になってしまった少年たちの冒険を描くことで、子どもの目線から社会にはびこる理不尽さを真っすぐとらえた、痛快にして心温まる物語だ。
主人公は中学二年生の仲良し少年三人組、イゴールとジョセフとヌルディーヌ。ある日、彼らはいたずらの罰でクラスタン先生から作文の宿題を命じられてしまう。課題は「ある朝、目が覚めてみると、きみたちは夜中のうちに大人に姿を変えていました。大あわてで両親の部屋へ行くと、両親は子供になっています。さて、この続きはどうなるでしょう」。屁理屈を重ねてなかなか片づけようとしない三人がようやく宿題に取り組み、一夜が明けると――。
冒頭に紹介したような不愉快な肉体を抱える大人になってしまった三人の少年。しかも、両親は手のかかる幼児と化し、自分がかつてそうだったように部屋をめちゃくちゃに散らかし、恐怖の「なぜなぜ攻撃」で面倒ばかりかけてくる。ああ、大人って何て大変なんだろうっ! 困惑と怒りで右往左往する三人の少年の行状が、まずは笑えるやら、いとおしいやら。でも、面白おかしく読ませるリーダビリティの高い作品ではあっても、底に流れているのは現代社会が抱える問題に対する異議申し立てなのだ。責任を取ろうとしないお役所仕事や民族差別、現行教育制度に対するペナックのユーモア交じりの怒りは、子どもの視点を借りたからこそストレートに胸に届くものになり得ている。
「王様の耳はロバの耳」じゃないけど、ヘンなことはヘンって、子どもみたいに率直にNOを突きつけることができない大人。イゴールの亡父の幽霊が息子にさとすとおり「子ども時代を無理やり切り取られ、促成栽培で野心の列車に乗せられる。卵のときからプログラミングされ、最初からいきなり実戦に投げ出され、ゆりかごにいるうちから本職はだし、そんな連中が政府や、大企業や、ばかでかい研究所、あっちの巨大銀行、こっちの通貨基金のトップにはいくらでも」いて、そういう大人たちがこの世界をヘンテコな場所にしてしまっている。で、そんな大人は子どもたちから「ケッ」と思われても当然。というか、もっと盛大なブーイングを送られてしかるべきなのだ。
ペナックは子ども諸君にこんなことを伝えたいんだと思う。子ども時代をどう過ごすかが、どれほどその後の人生を左右するかってことを、子ども時代をミニ大人のように過ごしちゃいけないんだってことを。わたしもそう思う。強く強く、思う。
【この書評が収録されている書籍】
主人公は中学二年生の仲良し少年三人組、イゴールとジョセフとヌルディーヌ。ある日、彼らはいたずらの罰でクラスタン先生から作文の宿題を命じられてしまう。課題は「ある朝、目が覚めてみると、きみたちは夜中のうちに大人に姿を変えていました。大あわてで両親の部屋へ行くと、両親は子供になっています。さて、この続きはどうなるでしょう」。屁理屈を重ねてなかなか片づけようとしない三人がようやく宿題に取り組み、一夜が明けると――。
冒頭に紹介したような不愉快な肉体を抱える大人になってしまった三人の少年。しかも、両親は手のかかる幼児と化し、自分がかつてそうだったように部屋をめちゃくちゃに散らかし、恐怖の「なぜなぜ攻撃」で面倒ばかりかけてくる。ああ、大人って何て大変なんだろうっ! 困惑と怒りで右往左往する三人の少年の行状が、まずは笑えるやら、いとおしいやら。でも、面白おかしく読ませるリーダビリティの高い作品ではあっても、底に流れているのは現代社会が抱える問題に対する異議申し立てなのだ。責任を取ろうとしないお役所仕事や民族差別、現行教育制度に対するペナックのユーモア交じりの怒りは、子どもの視点を借りたからこそストレートに胸に届くものになり得ている。
「王様の耳はロバの耳」じゃないけど、ヘンなことはヘンって、子どもみたいに率直にNOを突きつけることができない大人。イゴールの亡父の幽霊が息子にさとすとおり「子ども時代を無理やり切り取られ、促成栽培で野心の列車に乗せられる。卵のときからプログラミングされ、最初からいきなり実戦に投げ出され、ゆりかごにいるうちから本職はだし、そんな連中が政府や、大企業や、ばかでかい研究所、あっちの巨大銀行、こっちの通貨基金のトップにはいくらでも」いて、そういう大人たちがこの世界をヘンテコな場所にしてしまっている。で、そんな大人は子どもたちから「ケッ」と思われても当然。というか、もっと盛大なブーイングを送られてしかるべきなのだ。
ペナックは子ども諸君にこんなことを伝えたいんだと思う。子ども時代をどう過ごすかが、どれほどその後の人生を左右するかってことを、子ども時代をミニ大人のように過ごしちゃいけないんだってことを。わたしもそう思う。強く強く、思う。
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初出メディア

毎日中学生新聞(終刊) 2003年2月3日
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