書評
『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』(光文社)
終局へ、感情の起伏を繊細に描写
新宿鮫が、5年ぶりに帰ってきた。シリーズ第10作となる。シリーズものの小説には、読者にとっておなじみの登場人物が、途中はらはらどきどきさせながらも、最後には事件にきちんと決着をつけ、心地よい読後感を与えてくれるという、ありがたいご利益がある。しかし、実際に書く立場からすると、さほど楽な仕事ではない。作者自身、パワーを保って書き続けるためには、それなりの工夫が必要になる。
本編のように、10作まで書き継がれた上に、刊行されるたびに話題になるシリーズ作品は、日本の警察小説ではきわめて珍しい。20代前半にデビューして、30年を超えるキャリアを誇る作家の力量は、やはり並のものではない。
主人公鮫島には、〈この男についていけば間違いない〉という安心感があり、それは第1作から変わらない。緊張感を生むのは、むしろ鮫島にからんでくる脇役たちだ。本書では、作品半ばまで姿を現さない、怖いもの知らずの大男、樫原茂のキャラが際立っている。樫原は、刑務所から出たばかりで、ある警察官に昔の借りを返そうと、拳銃の入手を図る。そこへ、暴力団と正体不明の秘密組織、さらに公安関係の団体が絡み、凄絶(せいぜつ)な闘争が繰り広げられる。その渦の中に、一人超然と立ちはだかる鮫島の存在感が、ひときわ印象的だ。
鮫島の上司で、ただ一人の理解者でもある桃井、そして恋人の晶との関係にも暗雲が漂い、終局へ向けて疾走が始まる。この小説は、筋だけ追って読んでも十分におもしろいが、むしろ鮫島が周囲の人びとに抱く、怒り、憎悪、感謝、あるいは共感といった感情の起伏の豊かさと繊細な描写に注目してほしい。
そう、この小説は作者が読む者に感情移入を促し、またその要求に完璧に応えることのできる、懐の深い小説なのである。
朝日新聞 2011年7月24日
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