書評

『フィンバーズ・ホテル』(東京創元社)

  • 2025/07/24
フィンバーズ・ホテル / ダーモット・ボルジャー
フィンバーズ・ホテル
  • 著者:ダーモット・ボルジャー
  • 翻訳:茂木健
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:単行本(331ページ)
  • 発売日:2000-08-01
  • ISBN-10:4488016308
  • ISBN-13:978-4488016302
内容紹介:
閉鎖間近の古ホテル、そこは一〇一~一〇七号室の訳ありな各宿泊客と名脇役の人生が交錯する一夜かぎりの舞台。仕掛け人であるボルジャーの呼びかけに、アイルランドの名手六人が匿名で挑戦した話題のオムニバス小説。
パリのとあるアパルトマンに住む住民を中心に、約一五〇〇名もの人物を登場させる奇想天外にして、空前絶後のポストモダニスティックな人間喜劇百物語――七十八年に生まれたとんでもない小説が、ジョルジュ・ペレックの『人生使用法』(水声社)だ。これはいわば、作家の究極の夢の実現だろう。多くの作家は内心抱いているはずなのだ。「できるだけたくさんの人物の視点から描かれる大きな世界の構築」という神に成りかわるがごとき野望を。

ペレック作品よりはずっと小規模とはいえ、その企みに挑んで楽しい読み心地を残すのが『フィンバーズ・ホテル』だ。ダブリンにある閉鎖間近の古びたホテルに泊まり合わせた人々、七つの部屋の七つの視点を中心に、一泊二日の時間を立体的に描くという、“グランド・ホテル”形式を採っている。しかも七人のアイルランド人作家によるオムニバス形式で。

たとえば、あなたが海外旅行に出て、どこかのホテルに泊まったとする。当然、あなたは他の泊まり客のことを知らない。ところが、別の部屋ではイギリス人老夫婦かなんかが、こんな会話を交わしているかもしれないのだ。

「向かいの部屋に泊まっている東洋人はシャネルを着てたわよ」「ずいぶん若そうなのに、どうしてそんな高い服を買う金があるのかね」「コールガールなんじゃないかしら」とか何とか。

袖振り合うも多生の縁という言葉があるけれど、人間は社会的な生き物だから、いつどこで誰とどんな形で関わり合うか、わからない。あなたのあずかり知らないところで、あなたが他者として息づいている瞬間もあり得るのだ。

ペレック作品やこのオムニバス小説はまさに、その多生の縁を描いている点が面白い。七つの人生の断片が単独に描かれているのではなく、それぞれがちょっとした形で互いの断片に重なり合う。各章の語り手によるセルフイメージだけではなく、他の章の語り手による客観的な視点が加わるから七つの人生の断片の奥行きが増す、そこが妙味なんである。旅先のホテルで隣室から聞こえる物音をBGMに読みたい一冊だ。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

フィンバーズ・ホテル / ダーモット・ボルジャー
フィンバーズ・ホテル
  • 著者:ダーモット・ボルジャー
  • 翻訳:茂木健
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:単行本(331ページ)
  • 発売日:2000-08-01
  • ISBN-10:4488016308
  • ISBN-13:978-4488016302
内容紹介:
閉鎖間近の古ホテル、そこは一〇一~一〇七号室の訳ありな各宿泊客と名脇役の人生が交錯する一夜かぎりの舞台。仕掛け人であるボルジャーの呼びかけに、アイルランドの名手六人が匿名で挑戦した話題のオムニバス小説。

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初出メディア

流行通信

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