書評
『呑み込まれた男』(東京創元社)
物語が終わる 諦念と絶望
小説の醍醐味(だいごみ)は、奇想にある。蝋(ろう)人形のマダム・タッソーの贋伝記『おちび』などで知られるケアリーの新作は、ピノッキオの外伝である。木片から生きる人形を作りだした職人ジュゼッペじいさんは、巨大な魚に呑み込まれた帆船マリアの船長室で、孤独と暗闇と闘いながら、自らの半生を航海日誌に書き綴(つづ)る。
物語のなかに入れ子のように物語が仕組まれている。作者は、じいさんを迷宮のなかをさまよう旅人のように巧みに動かす。怪物ピノッキオは、創造主の命に従わず、行方が知れなくなった。過去を追想するうちに、父「バッボ」の思い出や、関わりのあった女性たちが甦(よみがえ)ってくる。現実世界では、家族にめぐまれなかったじいさんは、日誌に物語を綴ること、朽ちかけた帆船の木材でオブジェを作ることが生きがいになっていく。職人は、孤独の中で、手を動かして、ものを創作することでしか生きられない。
明かりと言葉によって、人類が生まれたとするならば、暗闇に閉ざされ、物語がもう書かれなくなったときに、すべてが終わる。この諦念と絶望が全体を覆っている。
明かりがある限り、私は生きている。最後の蝋燭(ろうそく)が消えるとき、最後のマッチが使われるとき、私は失意のなかに閉じ込められる。
帆船に残された蝋燭、マッチ、乾パン、水を消費しつつ、じいさんは最後の時へと、一歩一歩歩みを進めていく。確かに奇想ではあるが、この設定自体が、地球という大きな船の囚人となって、最後の日を恐れて生きている人生の暗喩のように思えてくる。
本書には、作者自身によるイラストやオブジェが多数、収められている。イタリアのトスカーナ地方にあるピノッキオ公園を運営する財団によって、ケアリーは、童話にまつわるオブジェをまず、依頼された。美術作品が先立って制作され、そして小説が書き始められた。こうした成り立ちを聞くと、ケアリーの描写が、克明かつ精緻な理由がわかってきた。古屋美登里の言葉が弾む妙訳を得た。
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