書評

『大正天皇』(コトニ社)

  • 2026/04/29
大正天皇 / 草森 紳一,平山 周吉
大正天皇
  • 著者:草森 紳一,平山 周吉
  • 出版社:コトニ社
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2026-02-27
  • ISBN-10:4910108254
  • ISBN-13:978-4910108254
内容紹介:
【「大正天皇」没後100年】明治天皇と昭和天皇という「ビッグネーム」に挟まれ、歴史の影に追いやられてきた大正天皇。遠眼鏡事件の「ちょっと変わった天皇」くらいしか知らない──そんな私た… もっと読む
【「大正天皇」没後100年】
明治天皇と昭和天皇という「ビッグネーム」に挟まれ、歴史の影に追いやられてきた大正天皇。
遠眼鏡事件の「ちょっと変わった天皇」くらいしか知らない──そんな私たちの常識をひっくり返す一冊。

草森紳一・平山周吉『大正天皇』(コトニ社)は、没後100年を迎える「忘れられた天皇」を、驚くほど生き生きと甦らせる。
本書に現れるのは、虚弱で政治音痴と決めつけられてきた人物ではない。
漢詩と書を自在にあやつり、人を笑わせることにかけては名人、そして時に大胆な政治判断をくだす──そんな自由な精神をもった「天才藝術家としての天皇」。

前半を担うのは、サブカルからナチス、清国、麻雀までを自在に行き来した博覧強記の物書き・草森紳一。
大正天皇の書と漢詩、伊藤博文・原敬とのやりとり、「遠眼鏡事件」などの逸話を、ユーモアと深い教養で読み替え、これまで誰も見たことのない「佯狂(狂を装う)」の君主像を描き出す。

後半では、その草森の構想を受け継いだ平山周吉が、『原敬日記』を丹念に読み解きながら、即位直後に「軍部大臣現役武官制」から「現役」の二文字を削らせた大正天皇の政治的役割、そしてもし大正の時代と原敬の政権がもっと続いていたら、日本の近代は違う道を歩みえたのではないか──という重い問いを、昭和史の視界から描き出す。

名だたる保田與重郎、棟方志功、林芙美子らが大正天皇を讃えた理由は何だったのか?
なぜその評価は、近代天皇制の「盲点」として封じ込められてきたのか?

学術書ではなく、ふつうの読書人に向けて書かれた本書は、しかし資料の読み込みは徹底しており、読み物としての面白さと歴史書としての手堅さが同居している。軽んじられてきた一代の天皇を通して、明治から昭和へと続く日本近代そのものの意味が、まったく違って見えてくるはず。

「大正天皇なんて、よく知らない」そう思った方にこそ手にとってほしい一冊。
没後100年にして、天衣無縫の芸術家、そして“人間くさい”一人の天皇が、今むっくりと起き上がる。

芸術、政治…才に富んだ君主

大正天皇は時の政治家の操り人形だったのか。いや、天衣無縫にして自然の極致。文人、書家であり、馬を愛した人であった。

奇行や病弱のレッテルを貼られてきた天皇像をくつがえす本書は、草森紳一の原稿に呼応して、かつて、草森の担当編集者だった平山周吉が新たに論を立てる刺激的な共著となった。

草森は、博覧強記で知られる中国文学の学徒。サブカルチャーに本質的な価値を見いだした。ここでは天皇御製の漢詩や書を足がかりとする。「不幸にも芸術家的体質が備わっていた」とする。天才的な才質があるからこそ、君主らしく生きる辛(つら)さがもたらされたと読める。さらに、天皇を「操り人形」にともくろむ宰相伊藤博文の魂胆を、明晰(めいせき)な天皇が見抜く構図を打ち出す。また、草森は、人を笑わせる才に富んだ天皇を深く愛し、共感している。

第2章では、まず、茶人でかつ多趣味の高橋箒庵(そうあん)を紹介する。高橋は三井財閥の幹部を早々に退いて風雅の道へと進んだ。けれど、天皇の退位は容易には許されない。摂政を立てられるだけだ。高橋と天皇の立場の対比に打たれた。

やがて厖大(ぼうだい)な分量の「原敬日記」の精読に行きつく。無趣味な原と、天皇の交情。明治美術会の展覧会を背景に、天皇、高橋、原、三者の生き方が交錯するが、この章は未完である。

昭和史、映画史を深く読み解く名手、平山による第3章。意外にも、思想家保田與重郎(よじゅうろう)を呼び出す。天皇の和歌について「畏れながら、かなしい。しかも藝術的に見れば、繊細絶妙絶佳の名品である」。君を仰ぎ見る保田の評であった。

第4章、天皇は大胆に政治に介入する。「軍部大臣現役武官制」から、現役軍人であることを削った官制の改正に、天皇が政治的意思を強く働かせた。天皇の内心を描いてスリリングである。

徹底した文献調査。日記の行間に、想像力を働かせる方法論。さらに横滑りを怖(おそ)れず、周辺の人物を召喚していく手際。雑文家としての誇りが、本書を貫いていた。
大正天皇 / 草森 紳一,平山 周吉
大正天皇
  • 著者:草森 紳一,平山 周吉
  • 出版社:コトニ社
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2026-02-27
  • ISBN-10:4910108254
  • ISBN-13:978-4910108254
内容紹介:
【「大正天皇」没後100年】明治天皇と昭和天皇という「ビッグネーム」に挟まれ、歴史の影に追いやられてきた大正天皇。遠眼鏡事件の「ちょっと変わった天皇」くらいしか知らない──そんな私た… もっと読む
【「大正天皇」没後100年】
明治天皇と昭和天皇という「ビッグネーム」に挟まれ、歴史の影に追いやられてきた大正天皇。
遠眼鏡事件の「ちょっと変わった天皇」くらいしか知らない──そんな私たちの常識をひっくり返す一冊。

草森紳一・平山周吉『大正天皇』(コトニ社)は、没後100年を迎える「忘れられた天皇」を、驚くほど生き生きと甦らせる。
本書に現れるのは、虚弱で政治音痴と決めつけられてきた人物ではない。
漢詩と書を自在にあやつり、人を笑わせることにかけては名人、そして時に大胆な政治判断をくだす──そんな自由な精神をもった「天才藝術家としての天皇」。

前半を担うのは、サブカルからナチス、清国、麻雀までを自在に行き来した博覧強記の物書き・草森紳一。
大正天皇の書と漢詩、伊藤博文・原敬とのやりとり、「遠眼鏡事件」などの逸話を、ユーモアと深い教養で読み替え、これまで誰も見たことのない「佯狂(狂を装う)」の君主像を描き出す。

後半では、その草森の構想を受け継いだ平山周吉が、『原敬日記』を丹念に読み解きながら、即位直後に「軍部大臣現役武官制」から「現役」の二文字を削らせた大正天皇の政治的役割、そしてもし大正の時代と原敬の政権がもっと続いていたら、日本の近代は違う道を歩みえたのではないか──という重い問いを、昭和史の視界から描き出す。

名だたる保田與重郎、棟方志功、林芙美子らが大正天皇を讃えた理由は何だったのか?
なぜその評価は、近代天皇制の「盲点」として封じ込められてきたのか?

学術書ではなく、ふつうの読書人に向けて書かれた本書は、しかし資料の読み込みは徹底しており、読み物としての面白さと歴史書としての手堅さが同居している。軽んじられてきた一代の天皇を通して、明治から昭和へと続く日本近代そのものの意味が、まったく違って見えてくるはず。

「大正天皇なんて、よく知らない」そう思った方にこそ手にとってほしい一冊。
没後100年にして、天衣無縫の芸術家、そして“人間くさい”一人の天皇が、今むっくりと起き上がる。

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東京新聞 :2026年4月4日/中日新聞:2026年4月5日

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