書評
『赤ちゃん教育』(青土社)
生命力そのまま掬った名文
赤ん坊を育てるという行為には、何よりも自分がとうの昔に忘れてしまっている自分を想起する愉(たの)しみが付随する。特に子どもが幼稚園に入る前までのいろんな出来事って、親の自分が記憶していないことだし、かといってまったく忘れてしまっているわけでもない。そういえば、自分にもこんなことが起こったかもしれない、と感じることがある。その契機が赤ん坊によってもたらされるのだ。だが、大抵の場合、そうした契機は瞬間的な出来事であり、すぐに過去のモノとなる。第一、子どもを育てるって忙しいのだ。著者は、フランス文学の研究者にしてエッセイの名手、あるいはジャン・ルノワールや香港映画をめぐる書物まで持つ才人だが、突如、赤ん坊を授かる。うろたえながらも、息子の挙措やカタコトの日本語を逐一記憶し、文字として定着させようとする。「パパ、だめ!」の意味の「テテないくん!」をきっかけに、アルベール・カミュへと連結するあたりなど、あまりの巧緻さに唸るのだ。
それより何より、やはり赤ちゃんの生命力である。あのポジティヴな力をそのまま掬(すく)い取った名文を堪能されたい。
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