選評
『出星前夜』(小学館)
大佛次郎賞(第35回)
受賞作=飯嶋和一「出星前夜」/他の選考委員=池内了、川本三郎、髙樹のぶ子、山折哲雄/主催=朝日新聞社/発表=同紙二〇〇八年十二月二十二日ここに歴史があった実感
信じがたいほど不当な年貢要求に対して蜂起した、もとキリスト教徒の庄屋衆と百姓たち。飯嶋和一氏の『出星前夜』は、この島原の乱を2人の男を軸に展開させ、さらに二つの目を使いこなして、すばらしい成果をおさめた。領主に追従する節操のない庄屋と思われていた有家の甚右衛門は、やがて百姓たちの苦しむさまを見かねて、政治的駆け引きを駆使する。その知恵の深さとおもしろさは読者の記憶に永く残るはず。しかも甚右衛門は戦になると強いのだ。
蜂起の点火役の、寿安と呼ばれる若者は、蜂起が成功したとたん、義民だったはずの百姓たちが暴徒と化したのを見て打ちひしがれ、病者を救う道を選ぶ。苦悩の泥と悲哀の砂で固められた道を必死に歩きつづける寿安に、次第に人間存在のみごとな美しさが現れてくるのは、とても巧みな設計である。
作者の採った二つの目とは、大蜂起の全体を鳥から眺める目と、登場人物たちの心理と行動を蟻(あり)から観察する目。この二つが、いい間合いにリズムを刻んでいるので寸時も飽きることがなく、そして読後の「たしかにここに歴史があった」という実感――傑作である。
【この選評が収録されている書籍】
朝日新聞 2008年12月22日
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