書評
『ケルベロス第五の首』(国書刊行会)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
物語の舞台となっているのは、人類が植民して二百年足らずの双子惑星サント・クロアとサント・アンヌ。サント・アンヌにはかつて、姿を自在に変える能力を持った現住種族がいたのだが、植民した人類によって絶滅させられたと言われている。その一方で、実はアンヌ人こそが人類を皆殺しにし、その姿に魅せられたあまり、ついに己の出自を忘れ、人間の形と記憶をまとい、人間として生き続けているという異説もあり――。という基本設定のもと、三つの中篇が収められているのだ。
サント・クロアにある名士の館に生まれた少年の物語である第一話、地球から訪れた人類学者マーシュ博士が採集したアンヌ人の民話である第二話、何の罪に問われているかもわからないまま収監されている、カフカ的な不条理におかれた男の物語を、係官が読む尋問記録や書類、男が綴った日誌などのコラージュで読ませる第三話。異なったスタイルで書かれているため、それぞれ独立しても読める三つの物語は、しかし、登場人物とテーマによって複雑精妙に絡みあっている。
また、双子惑星、クローン、コンピュータによる人格の複製、一卵性双生児、他者へのすり替わり、父親殺しと自分探しなどのエピソードに象徴される“アイデンティティの揺らぎ”というメインテーマが、語りにも敷衍されているのが特徴的。第一話の語り手の少年と、第三話で日誌を綴っているマーシュ博士と思われる男は自分が事実だと信じていることを語っている。ところが、その語りの中から読者は別の真実を読み取ってしまうのだ。語りのアイデンティティすら揺らがせることで、世界の見え方をがらりと一変させてしまう。その驚きと知的興奮度たるや、超ド級なんである。しかも、精緻な伏線を張り巡らせた本格ミステリー(しかし、謎解きのない)としての魅力も併せ持っているのだから、読み応えはさらに倍。幻の作家の最高傑作を読めるようにしてくれた、柳下さんと国書刊行会に三拝九拝すべきでありましょう。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
超ド級の驚きと知的興奮度。幻の作家の最高傑作!
特殊翻訳家・柳下毅一郎さんといえば、わたしのコラムの”上半身”(命名・タキヤンこと滝本誠さん)におわしまするウェイン町山さんの相方、ガース柳下としても著名なお方なんでありますが、その柳下さんの最新翻訳書がすっごぉぉいいんですよ、皆さん! キャサリン・ダンの『異形の愛』(ペヨトル丁房)やJ・G・バラードの『クラッシュ』(ペヨトル工房)など、柳下さんが訳す小説はどれも超イカしてるんだけど、『ケルベロス第五の首』はその特殊翻訳歴の中でも燦然と輝く一冊になること間違いなしなのだ。物語の舞台となっているのは、人類が植民して二百年足らずの双子惑星サント・クロアとサント・アンヌ。サント・アンヌにはかつて、姿を自在に変える能力を持った現住種族がいたのだが、植民した人類によって絶滅させられたと言われている。その一方で、実はアンヌ人こそが人類を皆殺しにし、その姿に魅せられたあまり、ついに己の出自を忘れ、人間の形と記憶をまとい、人間として生き続けているという異説もあり――。という基本設定のもと、三つの中篇が収められているのだ。
サント・クロアにある名士の館に生まれた少年の物語である第一話、地球から訪れた人類学者マーシュ博士が採集したアンヌ人の民話である第二話、何の罪に問われているかもわからないまま収監されている、カフカ的な不条理におかれた男の物語を、係官が読む尋問記録や書類、男が綴った日誌などのコラージュで読ませる第三話。異なったスタイルで書かれているため、それぞれ独立しても読める三つの物語は、しかし、登場人物とテーマによって複雑精妙に絡みあっている。
また、双子惑星、クローン、コンピュータによる人格の複製、一卵性双生児、他者へのすり替わり、父親殺しと自分探しなどのエピソードに象徴される“アイデンティティの揺らぎ”というメインテーマが、語りにも敷衍されているのが特徴的。第一話の語り手の少年と、第三話で日誌を綴っているマーシュ博士と思われる男は自分が事実だと信じていることを語っている。ところが、その語りの中から読者は別の真実を読み取ってしまうのだ。語りのアイデンティティすら揺らがせることで、世界の見え方をがらりと一変させてしまう。その驚きと知的興奮度たるや、超ド級なんである。しかも、精緻な伏線を張り巡らせた本格ミステリー(しかし、謎解きのない)としての魅力も併せ持っているのだから、読み応えはさらに倍。幻の作家の最高傑作を読めるようにしてくれた、柳下さんと国書刊行会に三拝九拝すべきでありましょう。
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