書評
『奇術師』(早川書房)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
新聞記者のアンドルーが、ある宗教団体で起こった事件に関する記事をフォローするために列車に乗りこむ。物語はそこから幕をあけます。が、彼を呼び寄せた女性ケイトから聞かされたのは宗教団体の話などではなく、アンドルーと彼女の出自にまつわる話。二人の祖先は、それぞれ〈瞬間移動〉を持ちネタにしていた十九世紀末の天才奇術師で、終生激しいライバル関係にあり、その確執は子孫である自分たちにも深い影を落としているのだ、と。幼い頃養子に出され、実の親を知らないアンドルーは、彼女の話に引き込まれていくのですが――。
二人の奇術師が残した手記と日記。物語の大半はその記述に費やされています。深い関係にあった二人だけに、そこで触れられている出来事はたびたび重複しており、しかし、書き手が変わればこれほど見える光景が違うものかというほど、その内容は異なっているのです。それが、全篇を彩る”語り=騙り”のほんの手始め。この騙りがもたらすズレは物語が進むほどに大きくなっていくのですが、そのズレは最後に用意された”双子=分身=ドッペルゲンガー”にまつわる大きな騙りによって一本に収敏していき、やがて哀しくも不気味な光景を出現させます。このあたりは、さすが騙り名人プリーストの面目躍如。
でも、惜しむらくは、二人の文体に変化をもたせていないため、同じ出来事について語(騙)っているという重複感も手伝い、そのパートがどうしても冗長に感じられてしまうのです。そんなイライラは最終章に用意されている驚愕で帳消しになるわけですし、懇切丁寧な筆致が大半の読者にとってわかりやすさにつながっていくことも了解できるのだけれど、『魔法』におけるタイトな語り口とクールな現実崩壊感、説明抜きの不親切ぎりぎりの騙り性に魅了された身には、そのくどさ(親切)が物足りなく感じられた次第。まあ、そんな無いものねだりをしたくなるのも、相手がプリーストだからこそ。自信をもっておすすめできる一冊に違いはないんであります。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
騙り名人プリーストの面目躍如たる一作、ようやく訳出!
かつて早川書房から出ていた、夢の文学館シリーズの一冊として刊行された『魔法』という小説をご存じでありましょうか。それは、この世に存在する三角関係をモチーフにした小説中もっとも奇妙な物語で、まさに魔法のごとき鮮やかなテクニックを駆使した逸品だったんであります。で、一九九五年に出た、かの本の訳者あとがきに記されていた〈今年待望の新作長篇The Prestigeが発表された〉、その作品が二〇〇四年の今、ようやく訳出されたんですよー(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2004年)。新聞記者のアンドルーが、ある宗教団体で起こった事件に関する記事をフォローするために列車に乗りこむ。物語はそこから幕をあけます。が、彼を呼び寄せた女性ケイトから聞かされたのは宗教団体の話などではなく、アンドルーと彼女の出自にまつわる話。二人の祖先は、それぞれ〈瞬間移動〉を持ちネタにしていた十九世紀末の天才奇術師で、終生激しいライバル関係にあり、その確執は子孫である自分たちにも深い影を落としているのだ、と。幼い頃養子に出され、実の親を知らないアンドルーは、彼女の話に引き込まれていくのですが――。
二人の奇術師が残した手記と日記。物語の大半はその記述に費やされています。深い関係にあった二人だけに、そこで触れられている出来事はたびたび重複しており、しかし、書き手が変わればこれほど見える光景が違うものかというほど、その内容は異なっているのです。それが、全篇を彩る”語り=騙り”のほんの手始め。この騙りがもたらすズレは物語が進むほどに大きくなっていくのですが、そのズレは最後に用意された”双子=分身=ドッペルゲンガー”にまつわる大きな騙りによって一本に収敏していき、やがて哀しくも不気味な光景を出現させます。このあたりは、さすが騙り名人プリーストの面目躍如。
でも、惜しむらくは、二人の文体に変化をもたせていないため、同じ出来事について語(騙)っているという重複感も手伝い、そのパートがどうしても冗長に感じられてしまうのです。そんなイライラは最終章に用意されている驚愕で帳消しになるわけですし、懇切丁寧な筆致が大半の読者にとってわかりやすさにつながっていくことも了解できるのだけれど、『魔法』におけるタイトな語り口とクールな現実崩壊感、説明抜きの不親切ぎりぎりの騙り性に魅了された身には、そのくどさ(親切)が物足りなく感じられた次第。まあ、そんな無いものねだりをしたくなるのも、相手がプリーストだからこそ。自信をもっておすすめできる一冊に違いはないんであります。
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