書評
『鼓笛隊の襲来』(光文社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
ふがーっ。お前のリアルとやらをオデの前に出してみろ! テレビに向かって吠えた、おとなげないわたくしでしたの。
リアルって何よ? そう自問したことのない小説家など古今東西おりますまい。いたとしたら、そいつはまがい物に違いありますまい。同じ場所にいる人たちには皆自分と同じ光景が見えているとか、自分の今・此処は現実だとか、日常は磐石だとか思ってる者は幸いなるかな。現実や日常なんて呼ばれてるものの正体は、地震で揺れたり裂けたりする大地程度には不安定なんだってことを知らない無邪気な人ほど、「リアル」って言葉を軽々しく使いたがるんですねー。で、そんなおバカさんが手がけていい、頭の悪いカルチャーじゃないんですよ、小説は。
たとえば、戦後最大規模の”鼓笛隊”が襲い来る晩を避難せずに過ごすことになった一家の物語を表題に戴く、三崎亜記の短篇集『鼓笛隊の襲来』を開いてみて下さい。存在したはずのない恋人を失った喪失感にうちのめされる女性の不思議な体験を描く「彼女の痕跡展」、連絡が取れなくなった友人を心配した語り手が、友人の家で体験した不気味な現象を描く「『欠陥』住宅」、校庭の真ん中に一軒の家が建っているのを“発見”してしまった男の恐怖譚「校庭」など、収録九作品はどれも、読み手の見当識をぐらっと揺らす物語になってるんですの。
わたしたちが拠り所にしている記憶は果たして確かなものなのか。見ているつもりなのに見えていないものがあるんじゃないのか。今・此処と呼ばれる現実は実は無数にある今・此処のひとつに過ぎないのではないか。三崎さんはこの読んで面白い短篇集の中で、私を私たらしめているさまざまな“リアル”に「?」を突きつけています。その「?」はわたしの中に不安の種を植えつけ、すると、目の前の何もかもがこれまでと同じようには見えなくなっていることに気づくんです。早川書房から「異色作家短篇集」という傑作シリーズが出ていて、そこには読む前と後とでは世界の見え方が変わってしまうような”奇妙な味”と称される物語が収められているのですが、『鼓笛隊の襲来』はそこに入ってもおかしくない一冊なんであります。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
私を私たらしめているさまさまな“リアル”に「?」を突きつける短篇集
だいぶ前の話なんですが、ニュース番組でケータイ小説が特集された折、自分でも書いているという女子高生の部屋にカメラが入ったことがあったんです。ところが本棚にほとんど小説が見当たらなかったもんだから、記者が「小説は読まないの?」と訊ねると、女子高生答えて曰く。「小説は嘘ばっかりでリアルじゃないから読みたくない」。ふがーっ。お前のリアルとやらをオデの前に出してみろ! テレビに向かって吠えた、おとなげないわたくしでしたの。
リアルって何よ? そう自問したことのない小説家など古今東西おりますまい。いたとしたら、そいつはまがい物に違いありますまい。同じ場所にいる人たちには皆自分と同じ光景が見えているとか、自分の今・此処は現実だとか、日常は磐石だとか思ってる者は幸いなるかな。現実や日常なんて呼ばれてるものの正体は、地震で揺れたり裂けたりする大地程度には不安定なんだってことを知らない無邪気な人ほど、「リアル」って言葉を軽々しく使いたがるんですねー。で、そんなおバカさんが手がけていい、頭の悪いカルチャーじゃないんですよ、小説は。
たとえば、戦後最大規模の”鼓笛隊”が襲い来る晩を避難せずに過ごすことになった一家の物語を表題に戴く、三崎亜記の短篇集『鼓笛隊の襲来』を開いてみて下さい。存在したはずのない恋人を失った喪失感にうちのめされる女性の不思議な体験を描く「彼女の痕跡展」、連絡が取れなくなった友人を心配した語り手が、友人の家で体験した不気味な現象を描く「『欠陥』住宅」、校庭の真ん中に一軒の家が建っているのを“発見”してしまった男の恐怖譚「校庭」など、収録九作品はどれも、読み手の見当識をぐらっと揺らす物語になってるんですの。
わたしたちが拠り所にしている記憶は果たして確かなものなのか。見ているつもりなのに見えていないものがあるんじゃないのか。今・此処と呼ばれる現実は実は無数にある今・此処のひとつに過ぎないのではないか。三崎さんはこの読んで面白い短篇集の中で、私を私たらしめているさまざまな“リアル”に「?」を突きつけています。その「?」はわたしの中に不安の種を植えつけ、すると、目の前の何もかもがこれまでと同じようには見えなくなっていることに気づくんです。早川書房から「異色作家短篇集」という傑作シリーズが出ていて、そこには読む前と後とでは世界の見え方が変わってしまうような”奇妙な味”と称される物語が収められているのですが、『鼓笛隊の襲来』はそこに入ってもおかしくない一冊なんであります。
【この書評が収録されている書籍】