書評
『世界は密室でできている。』(講談社)
舞城王太郎。ドメスティック・バイオレンス吹き荒れる地方の旧家・奈津川家をめぐる密室殺人事件絡みのファミリー・サーガ『煙か土か食い物』で昨年デビューした、新本格と純文学の垣根を取っ払った作風が斬新な末頼もしい新人だ。
『世界は密室でできている。』は奈津川家シリーズにも顔を出す探偵ルンババの、一二歳から一九歳までを描いた青春ミステリー。ミステリーというからには、もちろん殺人事件は起こる。舞城氏お得意の笑える見立て殺人やらアクロバティックな密室事件やらを、少年探偵ルンババが涼しい顔で解きまくる。でも、極端なことをいえば、んなもんどうだっていい。この小説のテーマのひとつはタイトルが示すとおり“密室”なんだけど、もうひとつのテーマはやはりタイトルが示すとおり“世界”なんであって、密室でできあがっているこの窮屈な世界システムから決死の覚悟で逃れようとする子供の真摯な闘いを、この小説は描かんとしているのである。
奈津川家サーガを読んでいる方ならご承知のとおり、古今東西の小説を読み漁っているにちがいない舞城氏のお気に入り作家の一人がサリンジャー。この作品の通奏低音としても『ライ麦畑でつかまえて』が響いている。物語の終盤、両親によって家という密室に監禁されてしまったルンババが屋根から飛び降りようとするシーン。その時、語り部にしてルンババの親友である「僕」はこう呼びかける。
『ライ麦――』でホールデン少年が夢みた、子供たちの守護神“ライ麦畑のキャッチャー”。舞城氏は「僕」にルンババを助けさせることで、精神病院という密室に入れられてしまったホールデン少年をも救い出そうと試みたに違いない。人間は誰もが、自ら作った密室に閉じこもったり、他者が用意した密室に嫌々ながらも身を落ち着かせてしまう。それがつまらない大人になる第一歩なのだということ。舞城氏が一貫して描き続けているのは、そんな密室から逃れるために闘い、崖っぷちからダイブし続ける永遠の子供の姿なのだ。そして、崖の下には風に揺れる黄金色のライ麦畑が広がっていて、そこにはダイブする自分をしっかり受け止めてくれるキャッチャーがきっといてくれる、そう信じる無垢な想いに対する絶対的な肯定なのだ。
舞城作品には多くの死が転がっている。常軌を逸した暴力もある。しかし、一方で笑いがある。ナイーブな純情もある。そして、それを記述する文体にはリズムがある、スピードがある、個性がある。こんな新人は滅多に登場するもんじゃない。舞城王太郎。純文学しか読まないお堅い頭にも、この名前だけは刻みこんだほうがいい。
【この書評が収録されている書籍】
『世界は密室でできている。』は奈津川家シリーズにも顔を出す探偵ルンババの、一二歳から一九歳までを描いた青春ミステリー。ミステリーというからには、もちろん殺人事件は起こる。舞城氏お得意の笑える見立て殺人やらアクロバティックな密室事件やらを、少年探偵ルンババが涼しい顔で解きまくる。でも、極端なことをいえば、んなもんどうだっていい。この小説のテーマのひとつはタイトルが示すとおり“密室”なんだけど、もうひとつのテーマはやはりタイトルが示すとおり“世界”なんであって、密室でできあがっているこの窮屈な世界システムから決死の覚悟で逃れようとする子供の真摯な闘いを、この小説は描かんとしているのである。
奈津川家サーガを読んでいる方ならご承知のとおり、古今東西の小説を読み漁っているにちがいない舞城氏のお気に入り作家の一人がサリンジャー。この作品の通奏低音としても『ライ麦畑でつかまえて』が響いている。物語の終盤、両親によって家という密室に監禁されてしまったルンババが屋根から飛び降りようとするシーン。その時、語り部にしてルンババの親友である「僕」はこう呼びかける。
(かつて同じ場所からダイブして、今のルンババと同じ年で死んでしまった姉の)涼ちゃんはたまたま誰にも助けてもらえんかったけど、おめえはいろんな人に助けてもらえるんやってこと、教えてやるで。俺がちゃんと捕まえてやる。おめえ安心して、こっから飛べや
『ライ麦――』でホールデン少年が夢みた、子供たちの守護神“ライ麦畑のキャッチャー”。舞城氏は「僕」にルンババを助けさせることで、精神病院という密室に入れられてしまったホールデン少年をも救い出そうと試みたに違いない。人間は誰もが、自ら作った密室に閉じこもったり、他者が用意した密室に嫌々ながらも身を落ち着かせてしまう。それがつまらない大人になる第一歩なのだということ。舞城氏が一貫して描き続けているのは、そんな密室から逃れるために闘い、崖っぷちからダイブし続ける永遠の子供の姿なのだ。そして、崖の下には風に揺れる黄金色のライ麦畑が広がっていて、そこにはダイブする自分をしっかり受け止めてくれるキャッチャーがきっといてくれる、そう信じる無垢な想いに対する絶対的な肯定なのだ。
舞城作品には多くの死が転がっている。常軌を逸した暴力もある。しかし、一方で笑いがある。ナイーブな純情もある。そして、それを記述する文体にはリズムがある、スピードがある、個性がある。こんな新人は滅多に登場するもんじゃない。舞城王太郎。純文学しか読まないお堅い頭にも、この名前だけは刻みこんだほうがいい。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

- 2002年6月19日
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