書評
『阿修羅ガール』(新潮社)
昨年末、雑誌『ダ・ヴィンチ』に載っていた読者アンケートにニマァ~ッとなった(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2003年)。「来年ブレイクしそうな作家」の欄に舞城王太郎の名を見つけたのだ。で、この名を挙げた二〇代女子の推薦の弁が「あたしが周りに宣伝しまくるから」。
笑った。
うなずいた。
時々、現れるのだ、そんな作家が。自分だけが理解できる。自分だけはどこまでも応援し続ける。そんな風に読み手をカッと熱くさせる作家が。舞城王太郎。密室殺人事件絡みのファミリー・サーガ『煙か土か食い物』で一昨年デビュー(事務局注:『煙か土か食い物』刊行は2001年)。新本格ミステリーと純文学の垣根を取っ払った作風が斬新な、誰にも似ていない特別な輝きを放つ新人作家だ(と、わたしは熱に浮かされたようにずっと唱え続けている)。舞城作品には多くの死が転がっている。常軌を逸した暴力もある。しかし、一方で笑いがある。ナイーブな純情がある。そして、それを記述する文体にはリズムがある、スピードがある、個性がある。こんな新人は滅多に登場するもんじゃない(と、わたしは熱に浮かされたようにずっと唱え続けているわけですよ)。
そんな舞城氏が初めてオンナ語りに挑戦したのが『阿修羅ガール』。語り手は女子高生の愛子だ。お行儀がいい小説しかお読みにならない純文学プロパーの皆様におかれましては、おそらく、しょっぱなから眉をひそめあそばされることでございましょう。なんせ〈チンチンの小ささをカバーするための指テクとかゼツギとかの噂〉が絶えない同級生の佐野と、好きでもないのにラブホでエッチしてるシーンから物語の幕が開けるんだから。〈グチョグチョじゃん〉とか言われて、〈そんだけグリグリ動かしゃ耳の穴でも鼻の穴でもグチョグチョ音がたつんだよ〉と心中ののしり返す愛子。お行儀のいい小説しかお読(……以下、略)の皆様におかれましては、まっこと噴飯もののオープニングではございましょう。
が、お行儀のよくない読み手であるわたしはコーフンしたんである。〈減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。私の自尊心。〉という一行目から、もううっとり。「減るもん」から「減った」までひとつの読点も打たない、息継ぎなしの語り口。「減った」と「私の自尊心。」の間に読点ではなく、句点を打つ間の取り方。こうした工夫により、冒頭のたった一行で愛子のキャラクターの素地、考えなしで突っ走りやすい性格を、読者に了解させてしまうのだ。舞城氏の文章は読みやすくスピード感に溢れているので、つい見逃しがちなんではあるが、実は句読点の打ち方や文末の〆に細心の注意が払われている。そんな計算ずくの文章を、あたかも乱暴に書き殴っただけのように読ませている作家なのだ。凄くない?
さて、愛子は佐野を一蹴りした後、ラブホに置き去りにして帰ってしまう。ところが、その後佐野は行方不明になったばかりか、両親のもとには足の親指が届けられてくる。一方、愛子の住んでいる調布では、「グルグル魔人」と名乗る殺人鬼が三つ子をバラバラにして殺すという事件が起こっており、「天の声」というネット上のカキコミサイトではその犯人狩りの呼びかけがヒートアップし、やがて調布を舞台に大規模な乱闘騒動が起きる。愛子は、小学生の頃からずっと好きな陽治と共に、佐野の行方を探す探偵ごっこのようなことを始めるのだが――。
と、粗筋を紹介すると、ミステリーだと思われてしまうかもしれないが、犯人探しやら謎解きやらの妙味を期待する輩(やから)を、舞城氏は激しく裏切る。ここに描かれているのは、いじめだとか猟奇殺人だとかが起きてしまう世界の”愛のなさ”であり、どんな人間の中にもある「怪物を封印する暗い森」の物語であり、阿修羅像を作っては壊さずにはいられない人間の自分殺しと再生の寓話なのである。同級生女子の恨みをかい、カナヅチで殴られて昏睡状態に陥った愛子が夢の中で暗い森の中に入っていくという、陰惨だけれどどこか無垢なイメージに彩られた章がある。そして、怪物と対時し、呑み込まれることで怪物と同化する体験をし、三途の川を渡りかけたのち、かろうじて生還した愛子は色んなことを考えるようになる。で、〈判んないんだってことだけは判〉るようになり、自分の中にもいるかもしれないグルグル魔人のことを想像し、〈私が次にエッチなことするのは(中略)私の止まった心臓を、何て言うか、ジャンプスタートさせてくれる人〉と思い定める。つまり、ちょっとだけ成長する(につれて、作品冒頭と比べたら格段に落ち着きを増す文章の変化にも注目してほしい)。
およそ文学的とは言い難い、しかし、計算し尽くした女子高生語りを駆使して描いたこの女の子のビルドゥングスロマンは、セックスや暴力や死がてんこ盛りだけど、行間からは舞城氏ならではのぐっとくるような真面目でナイーブな心性が、時折、真っ直ぐ胸を狙う形で飛び出してくる。油断ならない。まっこと油断ならない才能なんである。今年ブレイクするのは必定。だって、無数の“あたし”が周りに宣伝しまくるんだから。
【この書評が収録されている書籍】
笑った。
うなずいた。
時々、現れるのだ、そんな作家が。自分だけが理解できる。自分だけはどこまでも応援し続ける。そんな風に読み手をカッと熱くさせる作家が。舞城王太郎。密室殺人事件絡みのファミリー・サーガ『煙か土か食い物』で一昨年デビュー(事務局注:『煙か土か食い物』刊行は2001年)。新本格ミステリーと純文学の垣根を取っ払った作風が斬新な、誰にも似ていない特別な輝きを放つ新人作家だ(と、わたしは熱に浮かされたようにずっと唱え続けている)。舞城作品には多くの死が転がっている。常軌を逸した暴力もある。しかし、一方で笑いがある。ナイーブな純情がある。そして、それを記述する文体にはリズムがある、スピードがある、個性がある。こんな新人は滅多に登場するもんじゃない(と、わたしは熱に浮かされたようにずっと唱え続けているわけですよ)。
そんな舞城氏が初めてオンナ語りに挑戦したのが『阿修羅ガール』。語り手は女子高生の愛子だ。お行儀がいい小説しかお読みにならない純文学プロパーの皆様におかれましては、おそらく、しょっぱなから眉をひそめあそばされることでございましょう。なんせ〈チンチンの小ささをカバーするための指テクとかゼツギとかの噂〉が絶えない同級生の佐野と、好きでもないのにラブホでエッチしてるシーンから物語の幕が開けるんだから。〈グチョグチョじゃん〉とか言われて、〈そんだけグリグリ動かしゃ耳の穴でも鼻の穴でもグチョグチョ音がたつんだよ〉と心中ののしり返す愛子。お行儀のいい小説しかお読(……以下、略)の皆様におかれましては、まっこと噴飯もののオープニングではございましょう。
が、お行儀のよくない読み手であるわたしはコーフンしたんである。〈減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。私の自尊心。〉という一行目から、もううっとり。「減るもん」から「減った」までひとつの読点も打たない、息継ぎなしの語り口。「減った」と「私の自尊心。」の間に読点ではなく、句点を打つ間の取り方。こうした工夫により、冒頭のたった一行で愛子のキャラクターの素地、考えなしで突っ走りやすい性格を、読者に了解させてしまうのだ。舞城氏の文章は読みやすくスピード感に溢れているので、つい見逃しがちなんではあるが、実は句読点の打ち方や文末の〆に細心の注意が払われている。そんな計算ずくの文章を、あたかも乱暴に書き殴っただけのように読ませている作家なのだ。凄くない?
さて、愛子は佐野を一蹴りした後、ラブホに置き去りにして帰ってしまう。ところが、その後佐野は行方不明になったばかりか、両親のもとには足の親指が届けられてくる。一方、愛子の住んでいる調布では、「グルグル魔人」と名乗る殺人鬼が三つ子をバラバラにして殺すという事件が起こっており、「天の声」というネット上のカキコミサイトではその犯人狩りの呼びかけがヒートアップし、やがて調布を舞台に大規模な乱闘騒動が起きる。愛子は、小学生の頃からずっと好きな陽治と共に、佐野の行方を探す探偵ごっこのようなことを始めるのだが――。
と、粗筋を紹介すると、ミステリーだと思われてしまうかもしれないが、犯人探しやら謎解きやらの妙味を期待する輩(やから)を、舞城氏は激しく裏切る。ここに描かれているのは、いじめだとか猟奇殺人だとかが起きてしまう世界の”愛のなさ”であり、どんな人間の中にもある「怪物を封印する暗い森」の物語であり、阿修羅像を作っては壊さずにはいられない人間の自分殺しと再生の寓話なのである。同級生女子の恨みをかい、カナヅチで殴られて昏睡状態に陥った愛子が夢の中で暗い森の中に入っていくという、陰惨だけれどどこか無垢なイメージに彩られた章がある。そして、怪物と対時し、呑み込まれることで怪物と同化する体験をし、三途の川を渡りかけたのち、かろうじて生還した愛子は色んなことを考えるようになる。で、〈判んないんだってことだけは判〉るようになり、自分の中にもいるかもしれないグルグル魔人のことを想像し、〈私が次にエッチなことするのは(中略)私の止まった心臓を、何て言うか、ジャンプスタートさせてくれる人〉と思い定める。つまり、ちょっとだけ成長する(につれて、作品冒頭と比べたら格段に落ち着きを増す文章の変化にも注目してほしい)。
およそ文学的とは言い難い、しかし、計算し尽くした女子高生語りを駆使して描いたこの女の子のビルドゥングスロマンは、セックスや暴力や死がてんこ盛りだけど、行間からは舞城氏ならではのぐっとくるような真面目でナイーブな心性が、時折、真っ直ぐ胸を狙う形で飛び出してくる。油断ならない。まっこと油断ならない才能なんである。今年ブレイクするのは必定。だって、無数の“あたし”が周りに宣伝しまくるんだから。
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