書評
『ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編』(新潮社)
村上春樹の長編小説が完結した。ところが、出てくる感想の大半は批判もしくは「?」。たしかに、思わせぶりな登場の仕方をしたわりにはあっさり物語の舞台から姿を消す人物が多いし、謎めいた逸話が頻出してもその謎解きがぞんざいって具合で、夏目漱石いうところの“小説の結構”が損なわれている感は否めない。
一応、簡単にストーリーを要約すると――。主人公「僕」の家から猫がいなくなり、その後、妻のクミコまで失踪してしまう。霊媒師の加納マルタ・クレタ姉妹、ノモンハンでの戦争体験を語る間宮中尉といった人々が現れ、妻の行方を探す「僕」を大きな謎の中に巻き込んでいく。どうやら、その謎のキーマンはクミコの兄で、エリートながら何やら邪悪な力を持つ綿谷ノボルであるらしい。ノモンハンの時代と現代が「僕」の家の近くにある井戸によって結びつき、その井戸の中でノボルの生きる暗い精神世界に接触した「僕」の顔には大きなあざが出現。そのためか「僕」には不思議な治癒能力が備わる。ノモンハンと現代の日本、綿谷ノボルと「僕」、双方の世界の因果関係が徐々に明らかになっていく中、「僕」のクミコ奪回計画も進んでいくのだが……っつー話なんですけどね。結局、物語の形としてはこれまでの春樹ワールドの繰り返しなわけですよ。
でも新しい試みもある。それは“悪意”の存在だ。しかも人間の心や身体を損なう具体的なものとしての悪意。戦争や綿谷ノボルを通じて、村上春樹はこれまで苦手としてきた悪意の表現に果敢に挑戦しているのだ。そこは評価に値するとわたしは思うし、実際、ノモンハンやシベリアや満州国を舞台にした章は「う~、さすが!」と稔りたくなるほどうまく物語られている。
ただ、そうしたエピソードの数々が収斂(しゅうれん)していかないというか、因果関係に説得力がないというか、綿谷ノボルの抱えている悪意の根みたいなものが浮かび上がってこないというか、隔靴掻痒(かっかそうよう)感のついて回る小説にもなってるんだよねえ。もっと長い話になるはずだったのに、作家が息切れしたか、出版社がストップさせたかで、とりあえず大急ぎで結末に持っていった、そんな感じ。
新しもの好きな村上氏だから、最後の方で「僕」とクミコが通信で久しぶりに会話を交わしたり、『ねじまき鳥クロニクル』という物語にアクセスしたりという形でパソコンも活躍。ま、あくまでも小道具どまりではあるんだけど、使い方としては気が効いてると、わたしは思うのですよ。
【この書評が収録されている書籍】
一応、簡単にストーリーを要約すると――。主人公「僕」の家から猫がいなくなり、その後、妻のクミコまで失踪してしまう。霊媒師の加納マルタ・クレタ姉妹、ノモンハンでの戦争体験を語る間宮中尉といった人々が現れ、妻の行方を探す「僕」を大きな謎の中に巻き込んでいく。どうやら、その謎のキーマンはクミコの兄で、エリートながら何やら邪悪な力を持つ綿谷ノボルであるらしい。ノモンハンの時代と現代が「僕」の家の近くにある井戸によって結びつき、その井戸の中でノボルの生きる暗い精神世界に接触した「僕」の顔には大きなあざが出現。そのためか「僕」には不思議な治癒能力が備わる。ノモンハンと現代の日本、綿谷ノボルと「僕」、双方の世界の因果関係が徐々に明らかになっていく中、「僕」のクミコ奪回計画も進んでいくのだが……っつー話なんですけどね。結局、物語の形としてはこれまでの春樹ワールドの繰り返しなわけですよ。
でも新しい試みもある。それは“悪意”の存在だ。しかも人間の心や身体を損なう具体的なものとしての悪意。戦争や綿谷ノボルを通じて、村上春樹はこれまで苦手としてきた悪意の表現に果敢に挑戦しているのだ。そこは評価に値するとわたしは思うし、実際、ノモンハンやシベリアや満州国を舞台にした章は「う~、さすが!」と稔りたくなるほどうまく物語られている。
ただ、そうしたエピソードの数々が収斂(しゅうれん)していかないというか、因果関係に説得力がないというか、綿谷ノボルの抱えている悪意の根みたいなものが浮かび上がってこないというか、隔靴掻痒(かっかそうよう)感のついて回る小説にもなってるんだよねえ。もっと長い話になるはずだったのに、作家が息切れしたか、出版社がストップさせたかで、とりあえず大急ぎで結末に持っていった、そんな感じ。
新しもの好きな村上氏だから、最後の方で「僕」とクミコが通信で久しぶりに会話を交わしたり、『ねじまき鳥クロニクル』という物語にアクセスしたりという形でパソコンも活躍。ま、あくまでも小道具どまりではあるんだけど、使い方としては気が効いてると、わたしは思うのですよ。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

PASO(終刊) 1996年12月号
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