書評
『メロドラマ―フランスの大衆文化』(晶文社)
少し前まで、日本のテレビでは、平日の午後に放映される、貞節と不倫のあいだで揺れ動く女心を描いた通俗的な連続ドラマをさして「昼メロ」、つまり「昼のメロドラマ」と呼んでいたように記憶するが、本書でトマソーの定義するメロドラマはこれとはかなり異なっている。というのも、この言葉の発祥の地であるフランスでは、メロドラマといえば、美徳の化身のような善良な人々(主として女性、子供)が悪玉(暴君、陰謀家)によってさんざんに迫害され、もはやこれまでというときになって運命の逆転が起こり、悪玉に天罰が下って、すべてはハッピー・エンドで終わるというパターンの大衆演劇のことをさすからである。
したがって、恋愛という要素は本来の「メロドラマ」においては、あくまで主人公の迫害のきっかけとなる副次的ファクターのひとつに過ぎず、主軸はむしろ、いたいけな主人公がなめる数々の辛酸にある。主人公が迫害にたいして無防備であればあるほど、また悪玉が極悪非道であればあるほど、観客の共感は高まり、最後の大逆転でのカタルシスも強まることになる。もちろん、時代の移り変わりによって、主人公も悪玉も身分や職業を変え、状況設定も様々に変化する。たとえば、『天井桟敷の人々』の時代には、ロマン派の影響を受けて封建領主やイエズス会の僧侶などの人物が悪玉になって、血生臭い拷問や殺人を行い、それゆえに劇場街のタンプル大通りが「犯罪大通り」と呼ばれるようになったが、時代が下って社会主義が台頭すると、悪玉は貧しい労働者を弾圧する資本家階級の人間になるという具合である。しかし、いずれの場合も、下層階級を中心とする観客の関心が迫害を受ける主人公に自己を投影し、憎しみをひたすら悪玉にのみ向けるという点に変わりはない。ひとことでいえば、メロドラマは、抑圧された十九世紀民衆のストレス発散の装置であり、同時に「善は栄え悪は滅びる」という道徳の教育装置でもあったわけである。
今日は、さすがに日本でもやくざ映画の衰退を最後に、こうした原型的メロドラマは影をひそめているが、清く正しいものが結局は勝利するというテーマは、たとえばプロレスなどの大衆興業のなかに生き延びて、あいかわらず一部の若者を熱狂させているし、大新聞の記事などもこの迫害と救済のテーマを基本としている。ようするに人間はいつの時代でもメロドラマなしには済ますことはできないのだ。
トマソーの記述は、啓蒙書(けいもうしょ)という性質上、多少総花的になって、メロドラマの本質に対する掘り下げが足りないような気がするが、類書が皆無なだけに、一級の資料となることはまちがいない。いまでは、忘却の淵に沈んでしまったメロドラマの傑作の梗概とメロドラマ作者の経歴も筆者にとってはありがたかった。
【この書評が収録されている書籍】
したがって、恋愛という要素は本来の「メロドラマ」においては、あくまで主人公の迫害のきっかけとなる副次的ファクターのひとつに過ぎず、主軸はむしろ、いたいけな主人公がなめる数々の辛酸にある。主人公が迫害にたいして無防備であればあるほど、また悪玉が極悪非道であればあるほど、観客の共感は高まり、最後の大逆転でのカタルシスも強まることになる。もちろん、時代の移り変わりによって、主人公も悪玉も身分や職業を変え、状況設定も様々に変化する。たとえば、『天井桟敷の人々』の時代には、ロマン派の影響を受けて封建領主やイエズス会の僧侶などの人物が悪玉になって、血生臭い拷問や殺人を行い、それゆえに劇場街のタンプル大通りが「犯罪大通り」と呼ばれるようになったが、時代が下って社会主義が台頭すると、悪玉は貧しい労働者を弾圧する資本家階級の人間になるという具合である。しかし、いずれの場合も、下層階級を中心とする観客の関心が迫害を受ける主人公に自己を投影し、憎しみをひたすら悪玉にのみ向けるという点に変わりはない。ひとことでいえば、メロドラマは、抑圧された十九世紀民衆のストレス発散の装置であり、同時に「善は栄え悪は滅びる」という道徳の教育装置でもあったわけである。
今日は、さすがに日本でもやくざ映画の衰退を最後に、こうした原型的メロドラマは影をひそめているが、清く正しいものが結局は勝利するというテーマは、たとえばプロレスなどの大衆興業のなかに生き延びて、あいかわらず一部の若者を熱狂させているし、大新聞の記事などもこの迫害と救済のテーマを基本としている。ようするに人間はいつの時代でもメロドラマなしには済ますことはできないのだ。
トマソーの記述は、啓蒙書(けいもうしょ)という性質上、多少総花的になって、メロドラマの本質に対する掘り下げが足りないような気がするが、類書が皆無なだけに、一級の資料となることはまちがいない。いまでは、忘却の淵に沈んでしまったメロドラマの傑作の梗概とメロドラマ作者の経歴も筆者にとってはありがたかった。
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