書評
『ヴィーナス・プラスX』(国書刊行会)
つい三年前までは(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2005年)、傑作短篇集『一角獣・多角獣』はおろか、長篇の『夢みる宝石』だって品切れ状態。スタージョンの作品を日本語で読むのは、若いSFファンにとって至難の業だったんである。ところが、若島正編『海を失った男』(晶文社)、大森望編『不思議のひと触れ』(河出書房新社)という二冊の日本オリジナル短篇集が出たおかげで、スタージョン再評価の気運は高まるばかり。とうとう、ジェンダー/ユートピア(ディストピア)SFの問題作として、その名だけは伝わっていた『ヴィーナス・プラスX』まで翻訳されることになったのである。素晴らしき哉、国書刊行会の「未来の文学」シリーズ!
主人公の名はチャーリー・ジョンズ。物語は、このチャーリーが激しくアイデンティティの確認をしている滑稽なシーンで幕をあける。だって、目覚めたらそこは異世界。ばくは誰? ここはどこ? パニくって当然なんである。奇天烈(きてれつ)な服装を身にまとう人間ばなれしたルックスのレダム人に迎えられたチャーリーは、やがてそこが未来の地球だと思い込むのだが――。
このメインストーリーで、読者はチャーリーと共にレダム人からのレクチャーを受けることになる。協調の精神に富み、平和的で豊かで高度な文明を作り上げているレダム人は語る。戦争をはじめとする地球人が引き起こした悲劇は、すべて男性による女性蔑視の姿勢に端を発していると。はじめはレダム人を受け入れられなかったものの、いつしか彼らの生活や思想に共感を覚えるようになるチャーリー。
という物語の合間に、作者はもうひとつの話を挿入している。それは、コピーライターをしているハーブという男性を主人公にした一九五〇年代のアメリカ人の家庭生活の情景。ここでも繰り返し話題にのぼるのが男女の性差の問題なのである。女性の社会進出によって男らしさ女らしさの境界が揺らぎはじめた当時のアメリカ社会。そのありようを中産家庭の日常を通して描くこのパートは、アップダイクの夫婦ものの短篇とか、ジョン・チーヴァーやジョゼフ・ヘラーといった作家による、五〇年代に生まれたサバービア(郊外族)ものの小説っぽくて、アメリカ文学ファンなら読んでいて懐かしい心地にハマってしまうはず。
同様に、ここで展開されるジェンダー理論も今となっては懐かしい、というか古めかしさが否めない。でも、これが書かれたのは一九六〇年なんである。ウッドストック・フェスティバルやル=グインの『闇の左手』の九年も前に、こんなジェンダーSFを書いたのって、凄くない? 新しくない? おまけにこの小説、最後にバカミス級のドンデン返しまで用意しているのだ。スタージョンて、やっぱやばくない?
主人公の名はチャーリー・ジョンズ。物語は、このチャーリーが激しくアイデンティティの確認をしている滑稽なシーンで幕をあける。だって、目覚めたらそこは異世界。ばくは誰? ここはどこ? パニくって当然なんである。奇天烈(きてれつ)な服装を身にまとう人間ばなれしたルックスのレダム人に迎えられたチャーリーは、やがてそこが未来の地球だと思い込むのだが――。
このメインストーリーで、読者はチャーリーと共にレダム人からのレクチャーを受けることになる。協調の精神に富み、平和的で豊かで高度な文明を作り上げているレダム人は語る。戦争をはじめとする地球人が引き起こした悲劇は、すべて男性による女性蔑視の姿勢に端を発していると。はじめはレダム人を受け入れられなかったものの、いつしか彼らの生活や思想に共感を覚えるようになるチャーリー。
という物語の合間に、作者はもうひとつの話を挿入している。それは、コピーライターをしているハーブという男性を主人公にした一九五〇年代のアメリカ人の家庭生活の情景。ここでも繰り返し話題にのぼるのが男女の性差の問題なのである。女性の社会進出によって男らしさ女らしさの境界が揺らぎはじめた当時のアメリカ社会。そのありようを中産家庭の日常を通して描くこのパートは、アップダイクの夫婦ものの短篇とか、ジョン・チーヴァーやジョゼフ・ヘラーといった作家による、五〇年代に生まれたサバービア(郊外族)ものの小説っぽくて、アメリカ文学ファンなら読んでいて懐かしい心地にハマってしまうはず。
同様に、ここで展開されるジェンダー理論も今となっては懐かしい、というか古めかしさが否めない。でも、これが書かれたのは一九六〇年なんである。ウッドストック・フェスティバルやル=グインの『闇の左手』の九年も前に、こんなジェンダーSFを書いたのって、凄くない? 新しくない? おまけにこの小説、最後にバカミス級のドンデン返しまで用意しているのだ。スタージョンて、やっぱやばくない?
初出メディア

Invitation(終刊) 2005年7月号
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