書評
『剣闘士と社会: 帝政前期ローマにおける剣闘士競技の力学』(山川出版社)
生あるものはいずれ世を去る。だが、剣闘士はもともと「死すべき存在」と期待されていたのだろうか。
とりわけ最下層の奴隷身分にある剣闘士であれば、敗者の死は当然であっただろう。ところが、三世紀になると「助命なし」の剣闘士興行がことさら強調されていることから、剣闘士の死はむしろ希求されるほど珍しかったと言えるのだ。
剣闘士の墓碑一二五点が網羅的に収集され、なかに剣闘士自身が他者を殺さなかった事例や殺されなかった事例も数多く見出(みいだ)されるし、自然死を暗示する事例もあるという。
生ある人間として見れば、剣闘士は財産であり、生者同士の結びつきの紐帯(ちゅうたい)をなしていた。そもそも戦争捕虜や犯罪者として社会の外側にあったが、解放されたり引退した剣闘士出身者のなかには、地域社会に溶けこみ、上昇する者すらあったという。また、帝政期に軍団が縮小され、軍人たるべき人材が剣闘士に流出した側面も否定できない。
格闘技を特技とする著者は、生き永らえる術(すべ)に苦闘する剣闘士の息吹を蘇(よみがえ)らせる学術書にも成功、さすがだ。
とりわけ最下層の奴隷身分にある剣闘士であれば、敗者の死は当然であっただろう。ところが、三世紀になると「助命なし」の剣闘士興行がことさら強調されていることから、剣闘士の死はむしろ希求されるほど珍しかったと言えるのだ。
剣闘士の墓碑一二五点が網羅的に収集され、なかに剣闘士自身が他者を殺さなかった事例や殺されなかった事例も数多く見出(みいだ)されるし、自然死を暗示する事例もあるという。
生ある人間として見れば、剣闘士は財産であり、生者同士の結びつきの紐帯(ちゅうたい)をなしていた。そもそも戦争捕虜や犯罪者として社会の外側にあったが、解放されたり引退した剣闘士出身者のなかには、地域社会に溶けこみ、上昇する者すらあったという。また、帝政期に軍団が縮小され、軍人たるべき人材が剣闘士に流出した側面も否定できない。
格闘技を特技とする著者は、生き永らえる術(すべ)に苦闘する剣闘士の息吹を蘇(よみがえ)らせる学術書にも成功、さすがだ。
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