読書日記
酒井順子「3冊の本棚」東京新聞|水上勉『雁の寺・越前竹人形』難波功士『人はなぜ<上京>するのか』ほしよりこ『逢沢りく』
家を離れることの意味
世田谷文学館で、「水上勉のハローワーク 働くことと生きること」という展示を見ました(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2015年3月)。水上勉は、10歳の時、京都の寺に修行僧として入ったことを皮切りに、実にたくさんの職業を経験した人なのです。水上が寺に入ったのは、自らの意志と言うよりは、口減らしのため。覚悟の“出家”ではなく、仕方なしに若狭の家を出たのです。
その哀切が描かれたのが、「雁(がん)の寺」(<1>『雁の寺・越前竹人形』=新潮文庫・594円=に収録)。この作品で水上は直木賞を受賞しました。
親元を離れなくてはならなかった少年は、京都の寺で心の中にどろりとしたものを溜(た)め込んでいきます。そして最後に起こる、ある事件。家を離れたことが作者にとってどれほど大きな意味を持っていたかを示す一冊です。
水上が若い時代、地方の次・三男は、長男しか田畑を継ぐことができないため、家を出ざるを得ませんでした。対して今の若者は、涙や熱気を伴うことなく、“何気に”上京しているのだそう。
<2>難波功士『人はなぜ<上京>するのか』(日経プレミアシリーズ・918円)は、鴎外・漱石の時代から現代に至るまで、上京してきた日本人たちの理由と心理とを追っています。青雲の志、悲壮感、寂寞(せきばく)。上京には様々(さまざま)な感情が伴いますが、今の若者はサラッとライトに「ジョーキョー」します。その背景にあるのは、情報化や地元志向。この動きが、「地方も元気に」ということにつながっていくのでしょうか。
猫村さんでお馴染(なじ)みの、ほしよりこさんが描いた長編コミック<3>『逢沢りく』(上)(下)(文芸春秋・各1,080円)もまた、「家を出る」話なのです。しかしこの物語における家の出方は、従来の出方と全く違います。
主人公である逢沢りくは、中学生。父親には愛人、そして母親との関係は微妙。微妙さがこじれた結果、りくは関西の親戚の家に預けられることになるのです。
関西弁が大嫌いなりくちゃんは、濃厚な関西弁ファミリーのただ中に。現在の都である東京の少女が、かつての都である関西へ、と読むこともできます。りくちゃんは、強烈な拒否反応を示すのですが、さてその先は…?
家を出ると、人は苦しみます。しかし、家を出ることでしか得られないものがあることを、「家を出る」本は示しています。
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