書評
『牛乳アンタッチャブル』(双葉社)
九八年に『闇の楽園』でデビューして以来、『溺れる魚』『湾岸リベンジャー』『the TWELVE FORCES』『なぎら☆ツイスター』等々、打出の小槌のごとく怪傑作を量産している戸梶圭太。そろそろ大ブレイクしてもいいよね、戸梶圭太。世間の目は節穴なのかね、戸梶圭太。戸梶圭太戸梶圭太、と選挙の宣伝カーのごとく名前を連呼したい作家、それが戸梶圭太なんである。
さて、未だ戸梶作品を読んだことのない節穴眼のあなたのために、若干の説明をさせていただきますと――。戸梶ワールドでは、まず人の命が安いということを肝に銘じていただきたい。どうしようもなく安く生まれついてしまう人間が存在するという認識こそがリアルで、命は平等なんて考え方はおためごかしの悪平等観にすぎない。だから戸梶作品では、思慮のかけらもないアンポンタンが数多登場し、自らの欲に振り回されて、次から次へとドミノ倒しのごとく頭の悪~い事件を引き起こし、挙げ句、情けない死に様を見せる。そのスラップスティックな展開が生み出す哄笑! 激安人間が引き起こすチープでディープな悲喜劇を描かせたら、まさに当代随一の作家なのだ。
『牛乳アンタッチャブル』は著者初めての企業小説。腐った牛乳を市場に出し、食中毒事件を起こした会社を舞台に、工場で働くオバチャンから役員、社長まで、自己保身しか頭にない腐った精神の持ち主たちを、七人の特別内部調査班の面々がクビ切り制裁していくという筋立てになっている。その企業の名とは、雲印乳業。この露骨なモデル化をはじめ、戸梶圭太の醒めた視線と熱い筆致が炸裂する痛快至極作品なのだ。
学歴や地位が高くても精神は下劣。そういう一円野郎どもに対して、この小説は大鉈(おおなた)をふるう。責任がまっとうできなかった非を、まず反省するのではなく、言い訳や繰り言で身を守ることにばかり汲々(きゅうきゅう)とする下っ端連中。現場に責任を押しつけ、知らぬ在ぜぬのその場しのぎのウソをつくだけで対策を講じることもできないまま、のうのうと高い地位に居座ろうとするお偉いさんたち。七人のアンタッチャブルたちが、そんなヤツらの悪行や偽善を、これでもかとばかりに追及していく過程が実に小気味いいのである。
しかも、戸梶作品の常として笑える。感動したがり症候群が蔓延している日本でコミック.ノベルは低く見られがちだけれど、小説においては泣かせるより笑わせるテクニックのほうがずっと高度なのだ。シーンの配置、文章のリズム、語彙の選択、それら語りのセンスが十全に発揮されて、初めて活字で人を笑わせることができるのである。戸梶圭太がその才に秀でた作家であるのは言うまでもない。
さて、しかし。実際はといえば、本物の雪印ではその後も不祥事が続いている。戸梶ワールドより現実のほうが激安人間が多いのかも、と考えるとこの作品を読んでの笑いも凍りつくというものだ。まったくどうしちゃったんだかな、わたしら日本人は。
【この書評が収録されている書籍】
さて、未だ戸梶作品を読んだことのない節穴眼のあなたのために、若干の説明をさせていただきますと――。戸梶ワールドでは、まず人の命が安いということを肝に銘じていただきたい。どうしようもなく安く生まれついてしまう人間が存在するという認識こそがリアルで、命は平等なんて考え方はおためごかしの悪平等観にすぎない。だから戸梶作品では、思慮のかけらもないアンポンタンが数多登場し、自らの欲に振り回されて、次から次へとドミノ倒しのごとく頭の悪~い事件を引き起こし、挙げ句、情けない死に様を見せる。そのスラップスティックな展開が生み出す哄笑! 激安人間が引き起こすチープでディープな悲喜劇を描かせたら、まさに当代随一の作家なのだ。
『牛乳アンタッチャブル』は著者初めての企業小説。腐った牛乳を市場に出し、食中毒事件を起こした会社を舞台に、工場で働くオバチャンから役員、社長まで、自己保身しか頭にない腐った精神の持ち主たちを、七人の特別内部調査班の面々がクビ切り制裁していくという筋立てになっている。その企業の名とは、雲印乳業。この露骨なモデル化をはじめ、戸梶圭太の醒めた視線と熱い筆致が炸裂する痛快至極作品なのだ。
学歴や地位が高くても精神は下劣。そういう一円野郎どもに対して、この小説は大鉈(おおなた)をふるう。責任がまっとうできなかった非を、まず反省するのではなく、言い訳や繰り言で身を守ることにばかり汲々(きゅうきゅう)とする下っ端連中。現場に責任を押しつけ、知らぬ在ぜぬのその場しのぎのウソをつくだけで対策を講じることもできないまま、のうのうと高い地位に居座ろうとするお偉いさんたち。七人のアンタッチャブルたちが、そんなヤツらの悪行や偽善を、これでもかとばかりに追及していく過程が実に小気味いいのである。
しかも、戸梶作品の常として笑える。感動したがり症候群が蔓延している日本でコミック.ノベルは低く見られがちだけれど、小説においては泣かせるより笑わせるテクニックのほうがずっと高度なのだ。シーンの配置、文章のリズム、語彙の選択、それら語りのセンスが十全に発揮されて、初めて活字で人を笑わせることができるのである。戸梶圭太がその才に秀でた作家であるのは言うまでもない。
さて、しかし。実際はといえば、本物の雪印ではその後も不祥事が続いている。戸梶ワールドより現実のほうが激安人間が多いのかも、と考えるとこの作品を読んでの笑いも凍りつくというものだ。まったくどうしちゃったんだかな、わたしら日本人は。
【この書評が収録されている書籍】
初出メディア

- 2002年4月3日
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