書評

『木漏れ日の少女』(早川書房)

  • 2025/09/18
木漏れ日の少女 / W・グラスゴー・フィリップス
木漏れ日の少女
  • 著者:W・グラスゴー・フィリップス
  • 翻訳:三浦 彊子
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:1996-09-01
  • ISBN-10:4152080264
  • ISBN-13:978-4152080264
内容紹介:
父親の経営する精神病院で働くビリーは、地元の有力者の娘との婚約も決まり、将来に何の不安もないはずだった。ある夏の昼下がり、病院の患者で、17歳の少女ヴァージニアと出会うまでは―。あま… もっと読む
父親の経営する精神病院で働くビリーは、地元の有力者の娘との婚約も決まり、将来に何の不安もないはずだった。ある夏の昼下がり、病院の患者で、17歳の少女ヴァージニアと出会うまでは―。あまりに無防備な彼女のふるまいに翻弄されながらも、しだいに恋に落ちていくビリー。だが、彼女といっしょになる方法はただひとつ、彼女を病院から連れ去り、この町を永遠に出ていくことだった…。
時は一九七二年、場所はアラバマ州のタスカルーサ。父親が院長を務める南部最大の精神病院で敷地管理主任をしている、大学を卒業したばかりのビリーが、この物語の主人公だ。彼のモットーは「もっとも抵抗の少ない人生を送ること」で、まともな仕事につけという父親の小言も馬耳東風。ガールフレンドの父親が、いずれは娘婿になるであろうビリーに知的な仕事を提供しようとしているのだが、その申し出にも乗り気になれない。いわば典型的なモラトリアム青年なのだ。が、そんなビリーの過去にも暗い影をさすエピソードがひとつある。彼がまだ三歳の時に、母親がレズビアンの関係にあった黒人のメイドと駆け落ちをし、火事に巻き込まれて焼死しているのだ。庭仕事をする合間にポーチでビールを飲みながら、ビリーはしばしば母とその恋人の逃避行を夢想する。母の死に、嫉妬と絶望に駆られた父がかかわっているのではないかという疑いを抱きつつ。

そんなある日、ビリーは謎の美少女ヴァージニアと出会い、急速に心惹かれていく。彼女が父の病院の入院患者だということがわかっても、ビリーはヴァージニアとの密会をやめようとはしない。自分の生き方にモチベーションが持てない三無主義の塊であるビリーが、生まれて初めて見出した情熱の在処(ありか)。かつて母を破滅させたその情熱を、ビリーは観念でなく体全体で理解していくようになる。抵抗の少ない人生とは対極にある世界に自分を連れていきかねない危険な恋に、果たしてビリーはどんな決着をつけるのか――。

一人の青年のグローイング・アップを描いた『木漏れ日の少女』は、W・グラスゴー・フィリップスにとっての初めての小説にあたる。若手作家らしい初々しい文体が青春小説という体裁にカチリとはまって、なかなか読み心地のいい一編に仕上がっていると思う。と同時に、同性愛者や有色人種という“他者”を認めない、白人至上主義と男性優位主義が横行するアメリカ南部にひそむ突発的な暴力性や、人種間に漂う一触即発の雰囲気と断絶をも描いて秀逸だ。ビリーが母の恋の逃避行を白昼夢想したように、読後しばらくは若い二人の“その後”から想いが離れないという余韻を残す最終章もいい。わたしはフィリップ・ディジャン作の『ベティ・ブルー』(ハヤカワ文庫)のごとき修羅場を想像してしまったんだけれど……。
木漏れ日の少女 / W・グラスゴー・フィリップス
木漏れ日の少女
  • 著者:W・グラスゴー・フィリップス
  • 翻訳:三浦 彊子
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:1996-09-01
  • ISBN-10:4152080264
  • ISBN-13:978-4152080264
内容紹介:
父親の経営する精神病院で働くビリーは、地元の有力者の娘との婚約も決まり、将来に何の不安もないはずだった。ある夏の昼下がり、病院の患者で、17歳の少女ヴァージニアと出会うまでは―。あま… もっと読む
父親の経営する精神病院で働くビリーは、地元の有力者の娘との婚約も決まり、将来に何の不安もないはずだった。ある夏の昼下がり、病院の患者で、17歳の少女ヴァージニアと出会うまでは―。あまりに無防備な彼女のふるまいに翻弄されながらも、しだいに恋に落ちていくビリー。だが、彼女といっしょになる方法はただひとつ、彼女を病院から連れ去り、この町を永遠に出ていくことだった…。

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初出メディア

チッタ(終刊)

チッタ(終刊) 1997年1月号

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