書評
『演奏する喜び、考える喜び』(みすず書房)
音楽の本質とは 深まる思考
分析と演奏、さらにいえば実践と批評は、ひとりの人間のなかで、どのような調和や対立を引き起こすのか。世界的なコンサート・ピアニストとして知られ、理論書を多数執筆したチャールズ・ローゼンのインタビュー集である。聞き手は、キャサリン・テマーソン、ローゼンとともに私的な音楽会を開いてきた人物なので、親しい空気のなかで、音楽の本質について突っ込んだ話が行われている。
イズリアル・ローゼンフィールドによる緒言によれば、ふたりの討論は文学、絵画、建築、科学にも及んだ。たとえば聞き手のテマーソンが、芸術表現の重要性について、喜びと有用性というふたつのキーワードを提示する。するとローゼンは、ローマの詩人ホラティウスの名をあげ、さらにはギリシャ悲劇が魂を高めることに劇作家は技量を尽くすと語る。
本書は単に音楽についての対話ではなく、ふたりの教養人がジャンルを横断して思考を深める場となった。
なかでも興味深く思ったのは、音楽愛好家についての言及である。十九世紀、そして二十世紀の初めですら、欧米の愛好家たちは、交響曲を連弾で演奏して愉(たの)しんでいたのだという。作品の細部に親しむだけではなく「楽譜に記されているものとその音響的実現との間の相違に敏感」で自ら演奏できる成熟した愛好家が、音楽会に集っていたことがわかる。
この一連の件で語られているのは「真正さ」である。作曲家の企図に忠実なのが「真正」なのか。オペラの演出家の大胆な解釈は許されるのか。演奏家による即興や装飾音は、どんな意味を持つのか。
「音楽家は聴衆のために演奏するのでも、拍手喝采のために演奏するのでもなく、音楽のために演奏するのだと思います」。さらに、「演奏家が音楽によって『自己を表現する』と言うのは間違い」と踏み込む。ローゼンの意図は、サロン的な音楽のありかたへの郷愁にはない。作曲家、演奏家、聴衆、批評家それぞれの独善を否定する。その上で、音の響きに、身をふるわせるような音楽の喜びを見いだしている。
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