書評
『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』(筑摩書房)
頑張ろうと思い直せる道まで消滅
年金の掛け金を払わない若者が増えている。著者はフリーターにインタビューした際、「五年後の生活の見通しも立たないのに、五〇年後の生活の心配ができますか」と言われて、返す言葉をなくしたらしい。なぜ若者が、そこまで希望をもてないのか。本書はそれを、若者を取り巻く厳しい現実から解き明かす。毎年、上場企業のホワイトカラーや技術者を志望して叶(かな)わぬ大卒者が数万人生まれている。望んでいながら中小企業の正社員になれない高卒者は10万人、結婚できないフリーター女性が20万人(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2004年)。ついでに大学教員になれない博士課程生も、毎年7千人。30代で球団を購入しようかという大金持ちが話題になる陰で、こうした「負け組」が存在する。
けれども「負け組」というだけで、希望を失う必然性はない。問題は、勝ち組との格差を受け入れつつ、自分なりに頑張ろうと思い直させるシステムまでもが崩壊したことだ。著者は高度成長期から九○年代まで、職業・家族・学校においてそうしたシステムが機能していたという。男性正社員の雇用が安定し収入も伸び、多くがサラリーマン・主婦からなる家族を作り、学校はどこに行ったかで就ける職を振り分ける(あきらめさせる)働きを果たしていた。
ところがそうしたシステムを生んだ大量生産・大量消費型の「オールドエコノミー」がグローバルな競争やIT化という「ニューエコノミー」に取って代わられると、専門能力を有する人と単純作業しか回してもらえない人に「二極化」が進んでしまう。さらに職業や結婚について個人に選択の自由が認められると、職業・家族・学校が不安定化し、望んだ職場や異性に「選択されない」リスクが広がる。
著者は『パラサイト・シングルの時代』で、これまでは「負け組」にも親が支援してくれる道があることを示した。ところが今回は家族や会社にも悲観的で、敗者復活の費用を負担しなくなったという。「負け組」はありもしない夢を見るか、希望そのものを持てなくなる。引きこもりや反社会的犯罪が、ここから起こる。
筆者も日本的経営や金融に関する護送船団方式などの制度が急激に解体され、それが「負け組」意識と将来不安とをもたらしたと論じたことがある。けれどもそうした議論は、経済学畑ではほぼ黙殺された。ところが経済学者たちが「不安」や「不平等」から目を背けている間に、佐藤俊樹氏の不平等社会論、橘木俊詔氏の経済格差論、苅谷剛彦氏の教育階層論などが現れた。本書も家族社会学の見地からみたパラフレーズである。では、ここからの脱出口はあるのか。まず著者の勧めるコミュニケーション能力の習得は必須であろう。「選択される」には、口説く力を持つしかないからだ。
陰鬱(いんうつ)にして鋭利な、時代診断の書である。
朝日新聞 2004年12月5日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする