書評
『ノマドという生き方――旅暮らしの人類学』(世界思想社)
長い歴史は「新しきを知る」姿を映す
「温故知新(故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る)」を最も雄弁なかたちで実現した本である。なにしろ「故き」は人類の起源、「新しき」は二十一世紀なのだから。しかし、人類学者である著者が「故き」をたずねて踏み入ったのはニューギニアの奥地ではなく、南仏のポー地域のオートキャンプ場のキャラバン居住者マヌーシュの間なのだ。著者によると、ジプシーはヨーロッパの移動居住者(ノマド)の総称で、その下位集団として中・東欧出自のロマ、南欧出身のジタン/ヒターノ、フランス・ドイツのマヌーシュ/シンティがある。著者が参加観察を続けてきたのは下位集団の一つフランス・マヌーシュなのだ。
しからば、マヌーシュの「故さ」はどんなところにあるのか?
一つは、狩猟採集民の生活様式である非定住を現代社会でも続けていること。「[かれらは]、定住民の社会の中で生まれてきた、『ノマドになる』過程で西洋近代を知っていたノマドである。かれらは(中略)その内部で残された社会経済的資源を活用しながら創造的に生きる技を教えてくれる存在だ」
具体的にいえばかれらはスクラップ回収やブドウ収穫作業などで生計を立てているが、それは移動生活のための方策であり、根源的な理由ではない。非定住の理由はかれらの「家」と「社会」にある。
とりわけ、著者は共同体にも家にも指導者がいないことに驚く。個人は基本的に自由を最優先するが、処女性が重視されるため恋人同士は婚前交渉ではなく駆け落ちを選び、後でコミュニティに戻ってくる。
結婚後、夫婦は夫か妻の一方の両親を中心とした拡大家族に身を寄せる。この際、夫方・妻方どちらの集団に属すべきという決まりはない。(中略)『理想』とされるのは、二つの拡大家族のあいだを行き来することである。
マヌーシュの共同体には、メンバーシップの境界を固定するルールはない。(中略)個別家族(中略)の自律性が重視され、移動と離合集散によるゆるやかなまとまりが維持される。
では、こうした特殊なコミュニティが存続しえたのはなぜか?
マヌーシュの共同体は『逃げられる社会』である。
これが最大にして唯一の理由だろう。そう、マヌーシュは家族や隣人との不和や軋轢(あつれき)などの「嫌なこと」があれば容易に逃げられる社会として設計されているのである。だがどこに逃げるのか? 別のマヌーシュの共同体へである。
マヌーシュは、父方と母方の双方の親族ネットワークを拡大し、生活状況に応じて、共に住む集団を選択する。(中略)それは、『帰属先を一つに絞る』のではなく、『多く保持する』ことを意味する。(中略)個人を強い力で縛るよりも、あえて縛らない。そのことで、それぞれの生活にとっての最善策を、自ら選びとれるようにしておく。この生活戦術は、長い移動の歴史の中で、かれらが編みだしてきたエートスなのだろう。
もちろん、マヌーシュ社会にも教育や宗教などさまざまな問題はあるが、それが「新しきを知る」のに最適の社会であることはあえて指摘する必要はないだろう。
人間関係が窮屈になっている今日、広く読まれるべき一冊。偉大な発見と呼んでもいい。
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