書評
『劇場の子 イーディス・ハラー 上』(東京創元社)
舞台が掘り起こす負の記憶
劇評家として私は劇場で多くの時間を過ごしてきた。熱情や復讐(ふくしゅう)や殺人や謀略の舞台を観(み)てきた。絨毯(じゅうたん)や緞帳(どんちょう)の血のような赤、額縁舞台を装飾する偽物の金は華やかで胸躍るが、一方、その裏には果てしない闇がある。古い劇場には決してぬぐえない穢(けが)れがある。劇場は人間が負の感情と向かい合う場でもある。『堆塵館(たいじんかん)』の著者の新作長編『劇場の子 イーディス・ハラー』は、妖しい魅力を持った快作である。場所は英ノーフォーク州の州都ノリッジのハラー劇場。20世紀初頭。一座を率いるエドガー・ハラーは、ハムレット役者だったが、今は歳(とし)をとって兄王殺しの簒奪(さんだつ)者、叔父クローディアスを演じている。彼にはイーディスという娘がいる。唐突に肉片を舞台にまき散らして死んだ天才女優ロリーナ・ビグネルは、この娘に呪いを残した。「この子がノリッジの通りへ一歩でも踏み出せば、必ず死ぬであろう」「この劇場が崩れ落ちるであろう」
やがて彼女は戯曲「モーザー・メグの真実の物語」を書き、上演をめざす。ところが継母マーガレット・アンサンクと連れ子が登場して、事態は一変する。害虫を煮詰めたジャムを考案して財を築いたメグは、謎の伝説の女だった。継母はその一族だった。『白雪姫』の物語がねじれて変奏され、イーディスのなかで継母は恐怖の対象となる。
劇場は世界を映す鏡であり、人に取り憑(つ)いて逃さぬ牢獄(ろうごく)でもあった。父の弟たちも一座の俳優だ。楽屋番、衣装係、清掃係、プロンプターら、奇っ怪な「疑似家族」が舞台裏にはひしめいている。
作者はイーディスを劇場からノリッジの町の地下へ解き放つ。消え去った子供たちが、亡霊となってうごめく場所へ、私たちも連れ去られる。
演劇はこの世に思いを残して去って行った人々の記憶を掘り起こし、紡ぎ直し、現実のものとする芸術だった。亡霊たちは私たちの脳髄のなかに棲(す)んでいる。
イーディスも私も、劇場がすみずみまで明るく正しい場所であることを望んではいない。古屋の周到な訳註(やくちゅう)がつく。
【下巻】
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