書評
『オルロージュ』(講談社)
栄枯盛衰 プレーヤーたちの独白記
ひとつの会社が誕生し、猛スピードで成長をとげたものの破綻してしまう物語。『ゲームの王国』でカンボジアの現代史を、『地図と拳』で満州の半世紀を題材にした作家が、現代日本のスタートアップ企業とその闇を描く。桐田奈南(ななみ)はベンチャーキャピタル(VC)に勤務する26歳。中学生のころ、世界一の金持ちになると宣言した。VCとは未上場の新興企業に出資して株を得て、将来その企業が上場したときに株を売って儲(もう)ける投資ファンドのこと。
桐田は中学校の同級生で、いまは光合成を研究する倉敷秀斗(しゅうと)に声をかけ、ともに会社を起こす。彼らの会社が開発するのは光合成するコンクリート。研究と実験が大好きで、ほかのことには無関心な倉敷。ビジネス学校の恩師が「思い込みや常識の外に出る力。一度決めたことを実行する意志の力。人々が何を求めているのかを察知する力」を持つ、と評する桐田。ふたりは最高のコンビだ。
物語の前半は気持ちがいい。当初は思うように資金が集まらなくて苦労もするが、次々と優秀なスタッフが加わり、オルロージュは大きくなっていく。『水滸伝』で豪傑たちが梁山泊に集結するように、あるいはスーパー戦隊シリーズでヒーローたちが並ぶように。だいいち、彼らが生み出そうとしているものがいいじゃないか。世界中に光合成するビルや橋が建てば、二酸化炭素が減って地球温暖化も食い止められるだろう。
会社はどんどん大きくなる。従業員が増え、オフィスも下町のマンションの一室からおしゃれな街の高層ビルへと、まるで双六(すごろく)のように移転を繰り返す。倉敷のための研究施設もつくられる。
万事快調。大きな会社との共同事業も進み、光合成するコンクリートを使った総工費600億円のビルも実現。だが、ここがオルロージュ社のピークだ。物語後半は坂を転げ落ちるよう。
綻(ほころ)びがあちこちで見える。競争原理が持ち込まれ、秘密主義と疑心暗鬼と悪口・陰口が蔓延(まんえん)していく。桐田の側近的存在だった社員が次々と去っていく。会社の柱だったはずの倉敷も、体調不良を理由に姿を見せなくなる。
いつのまにか起業したころとは異質な会社になっている。ダメになった理由は振り返るとわかる。会社の規模が急に大きくなりすぎたこと。そのスピードに人間が追いつかなかったこと。追いつくために無理を重ね、嘘(うそ)やごまかしを黙認してしまったこと。会社名のオルロージュ(horloge)は、フランス語で大時計を意味する。地球温暖化を止めて人類に時間をもたらすはずだったのに、会社の時計と働く人間の時計のズレと歪(ゆが)みに敗れてしまう。
小説はさまざまな人物の独白で構成される。ただし、桐田が語る章はない。さまざまな人物から見た桐田は描かれるが、桐田自身の本心は最後まで明かされない。彼女は悪魔のような怪物なのか、それともやりかたを間違えた善人なのか。
オルロージュの成長と破綻は、国家や文明の興亡にも重なる。帯には「小川哲版『グレート・ギャッツビー』開幕!」とあるが、ぼくはウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』を連想した。明日ぼくは、ミヒャエル・エンデの『モモ』を読み返すだろう。
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